「ねぇ~聞いた? 昨日UFOがでたらしいよ」
昼休み。教室の話題はそんな内容で持ち切りだった。主に男子がみんなが揃って、未確認飛行物体の正体に言及している。
地鳴りのような音がして、空をなにかが飛んでいった。バラバラな情報を雑にまとめると、こんな内容になる。山にUFOの発着場がとか、隕石だったんじゃないか……とか。
騒動の正体を知っている僕はいたたまれなくなり、イチさんのお弁当を持って屋上へ行くことにした。
安達太良高校の屋上は開放こそされてはいるものの、人の気配はない。周りを二メートルは近いフェンスに囲まれているからか開放感はなく、圧迫感を床も綺麗とは言い難い。じゃあ街の景色はと聞かれても、やはり大したことはない。
不人気な屋上に腰を落ち着かせ弁当を開いた。
今日もイチさんのお手製弁当だ。昨晩の騒動でライフラインが相当の損傷を受けていたにも関わらず、レシピ本から出てきたようなクオリティだ。飾り付けも精巧すぎて不調和すら感じる。誰に聞いたのか、どう調べたのか、味付けの全てが僕にフィットしていることも、それを際立たせた。
「味見……できるのかな……」
ほとんどのアンドロイドは味覚を備えていない。戦闘用の第二世代は勿論、労働力の第三世代もだ。例外なのは第四世代で、人間との共存をテーマにしているだけあって、ある程度の五感は揃っているらしい。
イチさんは美味しいがわかるのだろうか。
そんなことを考えて、ようやく彼女はアンドロイドだったと再認識する。それも戦闘用に作られたアンドロイドだ。その事実が僕に頭をもたげさせた。アンドロイドを人間と同一に扱う風潮が強い。だけど、僕はどうしてもアンドロイドに負い目を感じてしまうし、それが重くのしかかる。
僕が直接なにかをしたわけじゃない。
僕の心臓が第一世代アンドロイドの物に置き換わっているから、でもない。
もっと昔から、僕が産まれたときから、代え難い事実。
父親の話だ。
僕の父親は戦争屋だ。
アンドロイドを銃弾のように使って闘いを巻き起こす、とんでもないロクでなし。
僕が幾度となく引っ越しをしてきたのも、戦争屋の息子が定住することはリスクだったからだろう。そのせいで、僕の青春は錆びついているというのに、顔も朧気な彼はそんなこと気にも留めていないに違いない。
「やっほー」
「うわぁっ!」
不意に話しかけられ危うく弁当を落としかけた。声の方を振り向くと、三井さんがなぜかピースを決めている。
「来ちゃった!」
「な、なにしに?」
「アキナシ君とお話をしに。座っていい?」と言いながら、僕の許可を待たずに三井さんは腰を下ろした。
「今日はメイドさんいないんだね。お留守番?」
「メイドは留守番してるのが普通でしょ。三井さんこそ、こんなところにいていいの? 引く手あまたでしょ?」
「全部断っちゃた。アキナシくんとお話したかったからさ」
三井さんは赤い舌の、その先を、まるで蛇のようにペロリと覗かせた。
「でも、話すことなんてなにも」
「そんなことはないでしょ〜」
「例えば?」と切り返すと、三井さんは「ふーん」と喉を鳴らし話を切り出した。
「ここの商店街とか行ってみた?」
「ほとんど毎日通ってるよ」
「いい商店街だよねぇ〜。いまどき珍しくアンドロイドの数も少なくて、昔の漫画みたいな商店街だよね〜。あれが温かみってやつ?」
そう言われればそうだ。アンドロイドの店員もいるにはいるが、生身の人間よりもかなり少ない。もっと都市部では、商業施設の従業員全員がアンドロイドだったりすることもある。それに比べれば、確かに人の温かみがあるのかもしれない。
「温かみかあ」
「え〜なになに〜。思春期特有のニヒルな感じ出しちゃって〜」
「出してないよ。ちょっと思ったんだよ。アンドロイドに暖かみはないのかなって」
「あ~ね」と、三井さんは語尾を伸ばした。
「アキナシくんは? アンドロイドになにか思うところがあるの?」
どうしてそんなことを聞くのか。そう尋ねようとすると「顔に書いてある」と先回りの答えが届いた。
「なにもないつもりだけど。でも暖かみって聞かれると、頷くことは……できないかも」
「ふーん」
「三井さんは?」
「私はあると思うよ」
少し意外だった。あると言ったこともそうだけど、なにより、その表情だ。どこか悲しげで、なにかに怒っているような、そんな表情を三井さんは作っていた。
「そうでもないと悲しくない? こき使うだけこき使ってさ、温もりはありませんって……。それじゃあ、映画みたいな展開になっちゃうって」
「アンドロイドの反逆みたいな展開ってこと?」
「そうそう。どうせなら仲良くしたいじゃんね?」
「まあ、そうだけど……」
昨日の今日。アンドロイドに殺されかけた身としては、仲良くという素晴らしいはずの言葉がしっくりこない。
市民権を得るに至った第四世代ならまだしも、第二世代は戦争をするために作られた。世代が違うといっても、同じアンドロイド。作り手の意思に従うしかないのも同じ。どうしてもそこで「やっぱり機械なんだな」と思ってしまう。
イチさんだってそうなんだろう。
そして僕は心臓だけが機械なんだ。
待てよ……本当に?
本当に……心臓『だけ』なのか?
「おーい大丈夫かい?」
「あっ、ごめん……って……」
僕の弁当から卵焼きが消えている。隣を見ると、三井さんの頬がもごもごと動いていた。
「これメイドさんが作ったんでしょ? 美味しいねぇ」
「三井さんは料理とかしないの?」
「するよ〜。めっちゃ上手いんだから。たぶん、メイドさんよりも美味いよ」
「ほんと?」
「マジマジ。食べてみる?」
「いいの!?」
咄嗟に出てしまった言葉を引っ込めようとするけど、もう遅い。三井さんはニンマリと笑っていた。
「やっぱり男の子だね」
顔に熱がせり上がる。
「じゃあね。アキナシくんは明日もここで?」
「その予定だけど」
不人気な屋上だけど悪くはない。静かだし、風に当たりながらの食事は趣きある気がする。
「そっか!」
三井さんは、僕の背中を手の平でドンと叩いた。僕が目を丸くすると、三井さんはニカッと微笑む。
「元気注入! どうかな、元気でた?」
「……少しだけ」
「ナイスわたし!」
三井さんは目を細めた。
青空を背景に、その笑顔が本当に眩しくて、高くそびえる入道雲なんか目に入らなくなって、僕は空に彼女を重ねた。
「おかえりなさいませ」
「う、うん……ただいま……」
イチさんとの間に生じる不透明な壁。初めて出会ったときよりも、距離が離れてしまった気さえする。
「家、随分とキレイになったね」
壁の蔦は取り払われ、室内にはホコリのひと粒も見当たらない。それどころか、玄関前の割れていた石畳すら補修されている。昨晩の騒動があったにも関わらず、たった一日で。
「エクスとその部下達の仕事です。昨晩から通しで作業していましたから」
「夜通しで……。それはなにかお礼をしないとね」
「必要ないでしょう」
イチさんはきっぱりと言いきった。
「それが彼等の仕事ですから」
「僕の父に頼まれた仕事?」
「そうでございます」
「そんなに大事なの?」
「と、言いますと?」
「頼まれただけでしょ?見返りとか求めないの?」
「ご主人様はお優しいですね。そのお心遣いだけで、私は満足です」
そんな話をしているんじゃない。そう言いかけてやめた。イチさんには無駄だろうから。鋼鉄の芯が通ったイチさんには、僕の言葉は柔らかすぎる。
「それじゃ部屋にいるから」
「お夕飯の準備が整いましたら、お呼びします」
自室のある二階へと階段を登りながら「ああそうだ」と思い出す。
「明日のお弁当は大丈夫だから」
僕が階段を登りきるのを待っていたイチさんは、雷に打たれたような、大事な物を失ったような喪失の表情を見せると、深々と頭を下げた。
「なにかお気に障ることをいたしたのなら、誠に――」
「違う、違うよ!」
「でしたら、どうして……」
隠すつもりでいたけれど、イチさんの自責の念に満ちた眼を見ていられなくてついつい舌が動いた。
「その、三井さんっていたでしょ?」
「ええ、存じております」
「明日は三井さんが弁当、作ってくれるみたいで」
イチさん眉がピクリと動く。
「あの娘が……ですか?」
その声はどこか刺々しくて、昨晩の、月光に照らされながら鉄拳を振るうメイドを思い出させた。
「それは……考え直したほうがいいかと」
「心配なの?」
「ええ少し、いえ……かなりです。その……ご主人様の気に入るような料理が出来るのかと……」
「得意って言ってたから、心配することはないんじゃないかな」
「そうでございますか」
「でしたら」とイチさんは続けた。
「十分にお気を付けてください。ご主人様の優しさは、女狐にさぞ美しく映っているでしょうから」
「女狐って……。まあ、わかったよ」
やっぱりイチさんは、どこか三井さんに敵対的だ。二人を合わせるのは避けていくべきだろう。
その晩、また襲撃があった。
今度は屋内まで侵入されたわけでもないし、イチさんが僕を起こしに来ることもなかった。
それでも、どうして襲撃されていると気付いたかというと、聞こえたからだ。開けた窓の、流れてくる風に混じって、ほんの少しだけ銃撃音が聞こえる。
僕の心臓を狙うアンドロイドを、メイドのアンドロイドが迎撃している。
僕のために殺し合っている。
そう考えると、自分と父親の違いがわからなくなってしまって頭に熱が籠もる。アンドロイド同士を自分の都合で戦わせて、僕と父親になんの違いがあるだろう。彼女は命令に闇雲に従ってるだけなのに。
逃げるように目を瞑って、夜の中に混じっている闘いの音を静かに聞いていた。