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第3話 メイドとお昼と鉄拳と

「メイドが主人のお供をしないわけにはいきません」

「でもさあ……」

「でも、と言われましても」

「いや、学校なんだって」


 教室の後ろにメイドが立っている光景を想像して背筋を冷たい汗が伝った。普通のメイドさんならやらないが、イチさんならやりかねない。それはこの15時間ちょっとではっきりと分かった。


「先生にも迷惑かかるしさ。僕も集中出来ないし」


 それに悪目立ちをしたくない、これが本音だった。三井さんの影に隠れていた転校生が、突然、学校にメイドを連れてくる、いやいや……冗談じゃない。


「こうしよう。イチさんは家の掃除をしてくれないかな? ほら、壁にツタとか凄いでしょ? まだまだ埃っぽいし、僕が帰ってくるまで掃除してくれると有り難いんだけど」

「そうですか……。それが主人の命なら、従いましょう」

「よかった! 行ってくるね!」


 これ以上、なにか議論が始まらないうちに、逃げるような足取りで家を後にした。




「戦争のために作られた第二世代アンドロイド、それらから戦闘機能を取り除いたのが第三世代。そして、つい先日、第四世代アンドロイドが市民権を獲得した。ニュースで見たか? 時事問題でるからな! 」


 昼休み前の授業なだけあって、先生の話をまともに聞いてるのは教室に半分もいない。もちろん、僕も呆けてるうちの一人だ。

 程なくして、チャイムによって先生の話は打ち切られ、教室は喧騒に満たされた。購買の競争に負けないために、僕も急いで席を立つ。 


「きゃあっ!」


 廊下から悲鳴がすると、辺りの生徒達がざわめきだす。なんだなんだと近づいてみて、僕は唖然とした。


 メイドだった。


 イチさんだった。


 僕の教室の前で不動の直立姿勢を見せている。不審者に慄く生徒達のことなんか意に介していない。


 どうして?


 いや、どうやって入って来たんだ? 学校がメイドを校内にすんなり通す筈もない。それにいま出て行ったはずの先生とも鉢合わせていない様子だ。

 イチさん窓の外に向けられていた目線が、僕を捉えた。


「ご主人様、お待ちしておりました」


 イチさんが僕に向かって一礼すると、廊下に溢れる生徒達の好奇の眼差しが僕に向けられる。


「ちょっ! ちょっと! イチさん!」

「どういたしましたか?」

「こっち! こっち来て!」


 イチさんの手首を掴んで人集りを突破する。そして、なにかから逃げるように屋上へと飛び出た。



「なにしてるんですか!」


 思わず怒気を孕ませてしまった言葉に、イチさんは深々と頭を下げた。


「申し訳御座いません。ご迷惑をおかけしました」


 僕より長身のイチさんの頭が胸の位置に下がる。その感覚にむず痒さを覚えて「いいですから」と頭を上げさせる。


「それで、なにをしに来たんですか?」

「ご昼食を――」


 メイドは言った。ずっと手に握っていた包みを差し出しながら言った。


「ご昼食をお持ちしました」

「昼食を……そう、そうですか……」


 ドッと気が抜けた。そんな内容では怒るに怒れない。僕のためにしてくれたんだろうから。


「ご主人様は昼食を購買で済ませている、とのことでしたので。メイドの務めとして、せめて健全な食事を取っていただきたく」

「わかりました……ありがとうございます」


 そう言うと、イチさんの表情が少し明るくなった……ような気がする。


「だけど、今日みたいなことはやめてください」

「どうしてでしょうか?」

「イチさんは目立ちすぎます。お弁当を作ってくれるというなら、毎朝持っていきますから」

「承知いたしました」


 イチさんが軽く礼をした所で、屋上にある唯一の出入り口の扉が開いた。


「お話終わったかな?」

「三井さん? どうして?」

「どうしてもなにもないよ。ていうか、こっちの台詞だって」


 三井さんが親指で扉を指差す。耳を澄ませてみれば、確かにざわざわと人の気配がした。


「みんな説明を求めてるからさ〜。ま、私が代表? みたいな」


 時々、三井さんは、本当に僕と同じ時期に転校してきたんだよなと疑う。一ヶ月で学校のマドンナに上り詰め、かといって反発勢力がいるわけでもない。その美貌と、人間離れしたカリスマ性のなす技なのか。


「とりあえず〜私もお話に加わっちゃおうかな」


 三井さんは扉の奥で待機しているらしい野次馬に向かって「後で教えてあげるから〜解散!」と指令を飛ばし、屋上へと入って来た。


「えーっと、アキナシくん。この人は……メイドさん?」

「まあ、そうだね。見たまんまのメイドの、イチさんです」

「はじめましてイチと申します」

「はじめまして〜三井でーす」


 イチさんは礼儀正しく頭を下げ、三井さんは軽く挨拶をする。対照的だ。


「アキナシくんってお金持ちだったの?」

「えっ?」

「だってメイドさんがいるとか凄いじゃん!」

「いやいや、違うよ」


 確かに学生で一人暮らしができる程度の額を父からもらってはいるけど、お金持ちとは言い難い。


「じゃあ、イチさんはなんなのさ」

「えーっと……イチさんは……親戚かな」

「親戚?」


 三井さんの懐疑的な目にイチさんは口を開く、ところだったので先手を取る。


「メイドさんの修行? みたいなのをしてるみたいでさ。それで、一人暮らしの僕のところに来たんだよ。そうだよね?」


 全力のアイコンタクトでなにかを感じ取ってくれたのか、イチさんはゆっくりと頷いた。


「なるほどね~。アキナシくんの家っておっきいもんね。修行にピッタリってことか〜」

「知ってるの?」

「当たり前だって。山の奥の洋館で……あってるよね?」

「そうだよ」

「今度遊びに行っちゃおっかな〜」

「冗談はやめてよ」

「さあ、どうかな~」


 三井さんの艶めかしい表情に息を呑む。


「ま、まあ……それで、今日は僕が弁当を忘れたから届けに来てくれたってこと」

「でも、アキナシくんっていつも購買だったよね?」


 三井さんは意外と人のことを見ている。


「ってことは、最近やって来たんだ」

「そうだね」

「おっけー、みんなにはそう説明しとくね」


 三井さんは背を向け跳ねるように去っていった。人気者の彼女のことだから、このあとも予定がギッシリなんだろう。階段へ姿を消す直前、三井さんは僕に向けてウィンクした。


「またお話しようね、アキナシくん」


 溶けてしまいそうな金糸の束を靡かせて、三井さんは階段へと消えていった。彼女が人気者になるのも頷ける。現に、彼女へ若干のジェラシーを向けていた僕ですら好意を持ち始めているんだから。いい意味で人間離れしたカリスマ性だとつくづく思う。なにがそうさせるのか言語化不可能な異質さが、彼女をさらに引き立てていた。


「ご主人様」


 イチさんに呼ばれ、意識を三井さんから取り戻す。


「私はこれで失礼いたします」


 少し意外だった。イチさんなら「ご一緒します」とか言うと思ったのに。


「申し付けられたことがありますので」

「あ、そっか。ごめん、よろしくね」

「いえ、お気になさらず。当然のことで御座います。それに幾つか野暮用もありますので」

「でも、どうやって帰るの?」

「ご心配ありません。ご主人様はお席にお戻りください」

「わかったけど……変なことを起こさないようにね」

「かしこまりました」


 イチさんがどう帰るのか。そこを詳しく気にするべきだったけど、教室に戻るとクラスメイト達の質問攻めに襲われ、そんな余裕は消え失せてしまった。

 因みに、イチさんの作ってくれた弁当は何故か国民的キャラクターのキャラ弁だった。美味しくはあったけど、かなり恥ずかしい目にあった。




学校を終え、帰宅してから驚いたのは洋館の変わりようだった。イチさんの働きなのだろう。外壁のツタは取り払われ、室内も随分と清掃されていたし、相変わらず夜ご飯が美味しかった。


 イチさんが来てから早二日。目に見えて寝付きがよくなっている。床についてから数分もしないうちに、僕の意識は夢の中へと旅立っていった。




――さま。




――ご主人様




「ご主人様」


ふと、眼をあけると、差し込む月光が人影を象っていた。花の香りで頭の中に芯が通ると、黒真珠と目があった。


「イチさ――」

「お静かに」


 口を塞がれた。驚いき身を起こそうとすると、四肢を絡め取られる。真夜中の部屋、月光の下、僕はメイドに完全制圧されていた。


「落ち着いてください、ご主人様」


 ゆっくりと頷くと、ようやく口元が自由になった。


「どうしたの?」

「厄介な奴らが来ました。敷地外で処理しきれず……申し訳ございません」

「え?」


 イチさんが耳に手を当てる仕草をするので、集中してみると、確かに音がした。忍古びた床がミシミシと軋んでいる。


「ご主人様、お逃げ……いけません!」


 イチさんに体を覆われた。

 その瞬間、爆風と閃光が部屋を襲った。

 揺らぐ意識。

 塵煙の中から現れたのは、全身を武装した単眼の兵士。

 僕は、いや誰でも、その姿を知っている。


 戦闘用に作られた兵器、第二世代アンドロイド。


 逃げなければと、全身が警告する。


「イ……イチさん……」


 塵煙の中で姿を探す。

 銃を構えた第二世代アンドロイドはすぐそこまで迫っている。時間がない。


「申し訳ございません、ご主人様。この失態はあとでどんな罰でもお受けいたします」


 僕の目に映ったのは、戦闘用アンドロイドの前に立ち塞がるメイドの姿。


「戦闘を開始します」


 メイドは拳を振るった。

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