──こんなところで生活させられてるの……?
レオヴァルトがいくらいけすかないとは言え、ちょっと気の毒になってしまう。
「あんたってば……ここで食事とか、ちゃんともらえてる?」
「私のことはいいから」
そこに座れ、と、顎でベッドを示される。
「ベットは、ちょっと……。その椅子に座ってもいい?」
──万が一ってことも、あるし。
手を引かれるまま、のこのこ付いてきてしまったものの。ユフィリアは出会って間もないレオヴァルトのことをまだよく知らない。
いけすかない。
子供好き。
エロ。
顔だけはいい。
そもそもレオヴァルトは金銭目当てでしか動かない荒くれ者ばかりと知られる黒騎士だ。本性だって読めない。
──この椅子なら扉にも近い。
もし襲われたら、急所を蹴っ飛ばして逃げてやる……!
「この部屋、東側なのね」
昼間だというのにひどく暗く、頬にふれる空気もひんやりと冷たい。壁だって塗りっぱなしで、ところどころ塗装が剥げている。
「昼間は日が差さないからな。暗いだろう?」
レオヴァルトは壁掛けの洋燈に目をやると、狙いを定めて手をかざした。
──ボッ。
驚いたことに遠隔で瞬時に火が点いた。
「……今の、何……っ」
ユフィリアは目を疑ってしまう。
「もしかしてあんた、本物の……詐欺師?!」
「バカなのか……。」
今度はレオヴァルトが呆れ顔で呟いた。
「それに《あんた》はやめろ。私の名はレオヴァルトだ」
「レオヴァルトでもレオでもいいけど……っ。それを言うなら……私だって《おまえ》じゃなくて、ちゃんとユフィリアって名前が……あるんだから」
ユフィリアは半分うわの空だ。
「あの火、
火がついた洋燈をひどく興味深げに……瞳を輝かせながら見つめている。
──この程度の魔法が珍しかったのか?
こんなに喜ぶのなら、別のも見せてやりたくなるな。
レオヴァルトがこっそり微笑みを漏らしたのを、ユフィリアは気付かない。
「いいから座れ──ユフィリア。大事な話があるから
「……ほえ?」
大事な話があると聞いて、ユフィリアはようやくレオヴァルトに視線を移したのだった。
*
ユフィリアが椅子に腰をおろすと、レオヴァルトは隣の文机に浅く腰かけて腕を組む。
漆黒の騎士服を見上げると、その視線は窓辺の方を向いていた。
「で……話って? 人に聞かれるとまずいことなの?」
いつもの揶揄うような表情でなく、ユフィリアに意識を戻したレオヴァルトはひどく真剣な眼差しで見下ろしてくる。
「単刀直入に聞く。レイモンド卿とは折り合いが悪いのか?」
「ええ、悪いわよ」
「えらくあっさり認めるんだな」
「悪いどころか最悪。というか険悪。あの人と馬が合うのはイザベラくらいでしょ……っていうかっ、今更そんなことを知ってどうするの。レイモンドからも聞いているでしょう、ユフィリアは
「ああ、聞いているよ」
腕を組んだままのレオヴァルトがクスッと、と
「わっ、私が言ったことを告げ口したって、あの悪魔は動じないわよ?」
「知ってる。レイモンドに聞いた通り、ユフィリアは《無能なクズ聖女》だからな……」
悪態をついておきながら、レオヴァルトはやはり何故だか、朗らかに微笑んでいる。
──ん……?
なんだか様子がおかしいぞ、とユフィリアの警戒心のアンテナが立ち上がる。
──ユフィリアって、呼ばれた?
「レイモンド卿と君が険悪なのはよくわかった。そこで頼みがある……大事な話というのはその事だ」
──今、『キミ』って言った??
「私の頼みを聞いてくれないか?」
声のトーンも表情もいつもの茶化すようなものとは明らかに違っていて、レオヴァルトが真剣なのだとわかる。いったいどこまでこの態度を
「たっ、頼み事をする時だけ態度が変わるのね。さっきまでおまえ呼ばわりしてたくせに」
「人にものを頼むときは低姿勢に。基本的な礼儀だろう?」
──やっぱりいけすかない。
「上から見下げておいてどこが低姿勢よ。礼儀がどうのって言うのなら、きちんと私の目線に立って、頭でも下げ……」
言い終わらぬうちに、すっ、と文机を離れたレオヴァルトがユフィリアの目の前に立つ。そしてユフィリアの手を取ると、抵抗する間も与えず手の甲にそっと唇を寄せた。
突然感じた柔らかくて冷たい感触。レオヴァルトの伏せたまつ毛は翼のように長かった。
「ちょ、何をっ!?」
驚いて手を引っ張るも、長い指先に掴まれていて逃れることができない。包まれた手からレオヴァルトの手のひらの熱が伝わってくる。
そんな状態で怜悧な眼差しがじっと見つめてくるものだから……ユフィリアも
「こんな礼儀ですまないが、困っているんだ。助けて欲しい」
「真面目に助けて欲しいなんて言われたら……断れなくなるじゃない……」
戸惑う視線を泳がせながら、声は尻すぼみになっていく。
こんな調子で見つめられてはたまらない。あまつさえ、この男は無駄に顔がいいのだ。
「でも内容によるわよ? 頼まれたってどうしようもない事だってあるし」
レオヴァルトがユフィリアを試しているようにも思える。この黒騎士がレイモンド卿の息のかかる人物なのは確かだ。
とにかく先ずはこの手を離してもらいたい。
何気に引っ張ってみるけれど、やはりしっかりと掴まれていて動かない。
レオヴァルトの親指が、ユフィリアの手の甲を滑るように撫でた。
「ねぇ、ちょっと……っ」
「私の妻になって欲しいんだ、正式に」
「……は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。