「あなたの婚約者のことだけれど」
そろそろ来るだろうと思っていたが、やはり来た——ユフィリアの予想通りである。今日はどんな泥水を浴びせられるのだろうと身構えた。
媚びるように首をかしげながら、イザベラは言葉を続ける。
「彼って……本当にあなたにふさわしいのかしら? 私にはそう思えないのだけれど。《きれい》で《優しく》て《勤勉》で《優秀》で。それに《誰からも愛されている》あなただもの。あのような無粋で身体が大きいだけの男性の手に余るのでは? もっと言えば、あなたの『真面目さ』があの黒騎士には重すぎるかもしれないわね。ねぇ、皆さんもそう思わない? ユフィリアに彼はふさわしくないって」
イザベラが取り巻きに同意を求めると、案の定ニヤニヤしながら揃って首を縦に振る。
「誰の話をしてるんだか。よくそこまで思っていることを真逆に言えるものね」
「あら、誰って、あなたとあの黒騎士のことよ。決まってるじゃない。素直に褒めているのよ? そっか、あなた褒められ慣れていないから、そう言うふうにひねくれた考え方になってしまうのね……可哀想に」
イザベラは軽く肩をすくめ、ため息をつくように嘲笑する。
「もう、さっさとあの黒騎士とはお別れしちゃえば?」
「別れさせてどうする気?」
「いやだわ、あなたの幸せを思えばこそよ。そもそもユフィリアが好意を持っていたのはルグラン様ですものね。そういえばルグラン様が、もう一度あなたと真剣に話したいって言って聞かないの。もちろん断らないわよね?」
ユフィリアはきゅっ、と唇を一文字に引き結ぶ。
イザベラに寝返ったルグランが今更なんだと言うのか。
イザベラが嫌がらせでルグランを焚き付けた……差し詰めそんなところだろう。
「あの黒騎士、そう、レオヴァルトとか言ったわね。彼は見かけによらず優男そうだから、思うところがあっても言い出せないでしょうけれど。なんなら、このわたくしからあの黒騎士に伝えてあげましょうか? ユフィリアがお別れしたがっているって」
やはりイザベラはユフィリアに嫉妬している。
人気者のルグランを手に入れたものの、ユフィリアが次に婚約したのは存外に顔が良く、聖女たちからの人気を急上昇させているレオヴァルト。
《薄汚れた黒騎士》が穢れを祓い、見違えた風貌で現れた。更には聖騎士ルグランを凌ぐほど、レオヴァルトが周囲の聖女たちの黄色い声の的になっているのだ。
こうなればイザベラは、どんな汚い手を使ってでもユフィリアとレオヴァルトを別れさせようとしてくるだろう。
あわよくば「自分が後がまに」と考えているはずだ。聖騎士ルグランをユフィリアから奪い取ったのと同じに。そうなればルグランは用済みの箱のようにグシャリと潰されて捨てられるのだろう。
——レオヴァルトと別れるのは別にいい、むしろ好都合。
でも……っ、イザベラの思い通りにまた事が運ぶのはいやだ、どうしても……!
ユフィリアは煮えるような感情を表には出さずに仕舞い込み、ただ静かにイザベラを見つめた。思いがけない言葉が口を突いて出てしまう。
「イザベラ。あなたの申し出はありがたく受け取っておく。でも残念だわ、私とレオヴァルトは想い合ってる。あなたがどんなに挑発したって、レオヴァルトはきっと折れない」
——いやいや、簡単に折れるかも知れないけどさ。
それに想い合ってるだなんて何言っちゃってるのよ私はっ!
咄嗟に出てしまった嘘偽りに薄ら寒くなったが、いつもなら何を言われても反応を示さない無能聖女の思いがけない反論に、取り巻きの聖女たちは怯んだようだ。
イザベラは勿論、こんな程度の反応にはびくりともせずに続ける。
「まあ……随分と自信満々なのね、微笑ましいこと! でも彼のあの眼差しがもしも
まるでレオヴァルトがイザベラに惹かれるとでも、自ら宣言するような言いぶりだった。ユフィリアも負けずに皮肉を込めて言う。
「イザベラは本当に優しいのね。でも意外だわ……教会の誰もが一目を置く筆頭聖女様が、《不粋で身体が大きいだけの男》の気を惹きたいなんて」
「わっ、わたくしがあの黒騎士の気を惹きたいですって?!」
「誰も黒騎士だなんて言ってないけど」
「か、勘違いをしないで頂戴。わたくしはただ、哀れなあなたの事を心配しているだけよ」
イザベラのアメジストの瞳が揺らぎを見せたのを、ユフィリアは見逃さなかった。
「それに……イザベラなら知ってるかしら? 私がルグランと一緒にいた頃、レイモンド卿がルグランに持ちかけた滞在所設営の話よ」