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12・黒騎士の転身(2)


 ローブとは名ばかりのボロ布は消え失せていて、代わりに重厚なローブがレオヴァルトの広い背中を覆っている。埃ひとつない漆黒の騎士服に施された銀糸の刺繍と控えめな装飾品がしゃらりと鈍く煌めき、腰に巻かれたベルトには黒騎士の紋章を掲げる立派な長剣が携わっていた。


 いったい彼に何があったのかと、ユフィリアは訝しげに目を細める。


 ———なんか、周りの聖騎士よりきらきらしてるんだけど……っ


 ユフィリアを視界に捕えたレオヴァルトが、おもむろに身体を起こして近寄ってくる。を細めて冷ややかな笑みを浮かべているのは昨日と同じだ。


「怠慢な聖女も、今朝は寝坊しなかったようだな」


 黒灰色の髪の背まで伸びた部分を無造作にまとめてはいるが、昨日まで顔の半分を隠していた前髪が整えられている。そのせいで、彼の秀麗な面輪が白日のもとに晒されていた。


 彫りの深い頬骨とまっすぐな鼻梁。

 その下にある薄い唇が緩やかな弧を描いている。


 目の前に立ちはだかった美貌の黒騎士を、顎に手を当てたユフィリアが首を傾げながらまじまじと見上げた。


「う、ん………?」


 思索しさく才知さいちの輝きが宿る黄金の双眸がユフィリアを真上から見下ろしている。虹彩の揺らぎは穏やかでありながらも、内に燃える情熱を秘めているかのような瞳だ。


 レオヴァルトのこまやかで整った顔立ちには、優雅さと力強さが共存していた。


「えっと、これはどういう心境の変化かしら。髪を切るなんて失恋でもした?」

「するかそんなもの。髪は伸びすぎていたから切っただけだ」

「っていうか、なんで今日もいるのよ」

「婚約者だからな。おまえの付き添いは私の義務だ」


 ユフィリアが冷ややかに問えば、穏やかで艶のある声が頭の上から降ってくる。

 風貌が整えば声色すら整ったふうに感じてしまうのだから、不思議でならない。


 そうこうする間も、興味深げにユフィリアたち二人を見やりながら、次々と聖女たちが通り過ぎて行く。周囲のあちこちから聞こえるのは、変貌したレオヴァルトを見た聖女たちの黄色い歓声だ。


「待って、あれって昨日の黒騎士?」

「嘘っ、昨日見たのとぜんぜん違うじゃない。前髪で隠れててよく見えなかったけど、彼、あんな顔だったんだ」

「すごくカッコいい……」

「でもユフィリアの婚約者でしょう」

「ルグラン様といい、あの黒騎士といい。どうしてユフィリアにばっかりいい男が集まるのよっ」

「ろくなグラシア貰えなかった代わりに、イケメン収集能力でも授かったんじゃないの」



 *┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈*



 荘厳な大聖堂に経典を読み上げる大司祭様の好い声が響いている。

 ふにゃりと目尻を下げてうっとりと聴き入るユフィリアの腕を、隣に座ったグレースがちょんちょんと指で突っついた。


「ねぇ、ユフィ。あれがあなたの黒騎士?」


 遅刻を免れたため、ユフィリアも今朝は祭壇の前に並べられた長椅子に座ることができた。グレースの耳元に唇を寄せてこそこそと返事を返す。


「え……? ああ、うん、そうよ」


 聖騎士と同じ待遇を与えられたためなのか、レオヴァルトは大聖堂の壁際に沿って整然と立ち並ぶ聖騎士たちの中にいた。


「彼、目立ってるね」

「……悪目立ちしてるわね」


 真っ白な騎士服の波の中に、一点の黒い騎士服が浮かぶ。

 砂糖の中に黒蟻が混ざっているみたいだと、ユフィリアは目を背けた。


「そうじゃなくて、あれは良い方の目立ち方よ」


 見れば、グレースが推しの役者でも見るように目を輝かせている。


「レオヴァルト様、素敵じゃない……!」


 あろうことか、グレースは黒騎士に《様》なんて敬称を付け始めたようだ。


「やめてよグレース」

「みんなが私と同じ目で彼を見てるわ」

「そんなことないから」


 ——見た目が変わったくらいで、そう簡単に人の印象は変わらない。

 少なくとも、私は……。


 黒騎士から目を逸らせ続けていると、グレースがまた突っついてくる。


「彼ったら、熱い視線でずーっとユフィを見つめてるの」


 熱に絆されたようなグレースの言葉につい反応してしまい、意識して見ないようにしていた黒騎士にふいと視線を移してしまった。とたん黄金色の双眸と鉢合わせて背中が跳ねる。


「うぐっ」

「ほらね。ユフィったら、実は彼に愛されてたりしない?」


「はぁ——っ?!」


 ガタン、と椅子が鳴る。思わず腰を上げてしまったのだ。

 一斉にこちらに向けられた視線の中には、最推しの大司祭様のものもあって。ユフィリアのツインテールがまた「しゅん」となる。


 一斉礼拝が終わったあと、治癒室に向かうグレースへの挨拶もそこそこに、ユフィリアはそそくさと礼拝堂を出た。

 昨日のようにあの黒騎士に付いて来られてはかなわない。


 ——悪目立ちをしてた方がまだ良かった。

 周囲から悪態を吐かれるくらいが丁度良かった。

 男が私の婚約者だなんて、あのイザベラが黙っているわけがない。


 振り返れば、礼拝堂の入り口に人の輪ができている。

 色めきだつ人の輪の中心には、若い聖女たちに囲まれて身動きが取れず、困った顔をしているレオヴァルトの上半身が見えた。


 欲しいものはどんな汚い手を使っても手に入れようとするのがイザベラだ。

 ユフィリアの《持ち物》ならば尚更——聖騎士ルグランがそうであったように。







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