「渋也くん……?」
呼ばれ、渋也が振り返った。
「……お前、何でここに」
驚き顔の渋也が見つめる先には、大人しそうな茶髪ウェーブの女性が立っていた。
薄手の白いジャケットに、パステルカラーの水色のロングスカート。
未來たちより少しだけお姉さんくらいに思える雰囲気のその人は、もしかして渋也の知り合いなのだろうか。
「友達が、ここの卒業生で……」
女性のほうも、かなり驚いているようだった。
茫然と答えた彼女に、渋也は何も言わない。
ただ黙って、女性を見つめている。
「お、何々? 因縁の相手?」
先程まで怒っていた瑞葉が、今度はわくわくした様子で、二人の顔を交互に見た。
「因縁……?」
「何か意味ありげじゃん?」
きょとんと首を傾げる未來に、にやにやと楽しそうに答える瑞葉。
未來はそれには返さずに、渋也と女性に目を向けた。
「久しぶり、だね?」
女性は優しく微笑んだ。
「ああ……。お前、同窓会いなかったし」
表情硬く、渋也が返す。
同窓会ということは、やっぱり知り合い?
未來は思ったが、ここで確認しようとしたところで、渋也は答えてはくれないだろう。
それ以前に、気にしても仕方ない気もする。
でも、何だか気になった。
「あはは、気付いてくれたんだ」
女性は笑っている。
しかしなんとなく、違和感がある。
「全員で言ってたからな。お前の話」
渋也の表情は相変わらず変化なく、声も淡々としていた。
「本当? 嬉しいかも」
そう女性が言ったとき、少し離れたところから、別の女性の声が聞こえた。
「由朱ー? 何してるのー?」
「あ、友達が呼んでる……じゃあまたね」
由朱はそう言って、優しく微笑んだ。
渋也は「ああ……」と零すだけ。
小走りで立ち去る姿を、表情を変えることもなく、ただ見つめている。
「先生今の誰ー? 美人だったけどー!」
由朱が離れた途端、未來はにやにや顔で、渋也に突撃した。
茶化す気満々の態度だが、
「別に誰でもいいだろ」
渋也はどこか覇気のない声で、淡々と返すのみだ。
「もしかして、先生の元カノとか!」
それでも追撃する瑞葉に、渋也は「そんな良いもんじゃねーよ」とだけ答えた。
その後は冷たい表情で、由朱と逆方向に歩いていく。
「あ、ちょっと!!」
碌な返事をくれない渋也にむくれ、瑞葉は声を上げた。
だが渋也は振り返ることなく、どんどん遠くに行ってしまう。
「絶対逃げたよあれ」
不貞腐れて言う瑞葉に、未來は苦笑した。
そのタイミングで、後ろの飲食スペースから、草太の声が。
「何か似てたよねー、あの人」
「え?」
未來が振り返る。と、ニコニコしていない草太が、未來を見て一言。
「暁さんに」
「……どこが?」
「雰囲気? 抜けてそうでお人好しそうなところ」
草太は問いに答えてはくれたが、少しめんどくさそうだ。
だがそれを聞くやいなや、不貞腐れたままの瑞葉が声を出した。
「じゃあ何? 先生のは好きな女の子いじめる的なやつ?」
「いや、あれは完全に敵意だと思うけど」
「じゃあ昔フラれた腹いせに」
「そんなくだらない理由じゃないと思うけどなー」
は! と気づいた瑞葉を、頬杖をついた草太が、投げやりに否定する。
何かをわかっていそうな草太に対し、未來は何もわからず困惑するのみだ。
そんな未來をどう思ったのか。
「君はさ、どんな夢見たわけ?」
草太はやれやれといった様子で、椅子から立ち上がった。
それを見て、煌綺も椅子から立ち上がる。
「え……? ええと……先生がお墓の前で花束持って悲しんでる感じの……」
突然の質問で少々驚きはしたが、未來は、わかっている情報を草太に伝えた。
「ああ。じゃあさっきの人がお墓の中の人かもね」
未來と瑞葉に近寄りながら、草太が言う。
その結論に、瑞葉はむくれた顔をした。
「何でわかるの」
「だって、先生があんなに感情表に出すの珍しいし」
「そんなに感情出てた?」
自分が気づけなかったことを知る草太に、未來がきょとんと尋ねる。
「あからさまにね。コウキ気づいたでしょ?」
笑顔のない平静顔で言う草太に、煌綺は答えた。
「あー」
だるそうな言い方ではあるが、肯定だ。
やっぱり未來に見えないものが、この二人には見えているのだろう。
そんなふうに考えていたら。
「じゃ、僕ちょっと答え合わせしてくるね」
突然、そんな言葉が耳に飛び込んできた。
「は?」
「え?」
意味がわからない、という顔をしたのは瑞葉。
どういうこと? という顔をしたのは未來。
またか、とでも言うように、ため息をついたのが煌綺で、草太は我関せずとばかり、由朱が向かった方へ走って行くと、
「お姉ーさん」
ためらいなく、輪になって会話している由朱たちに話しかけた。
驚き振り返る由朱に、「さっきぶりですね!」とニコニコ笑う。
「え、ええと。確か渋也くんと一緒にいた」
「あ、僕岡田先生の学校の生徒です。先生のことで知りたいことがあって」
他の女性たちにも気に入られたのか。わいわいと楽しそうにしていたかと思ったら、そのうちに、草太は由朱と二人だけで、離れたところに歩いて行った。
「……野川くんって、すごいね」
遠目に見つつ、未來は言った。
以前のやり取りで、普通の人はやらないことをする人だとは思っていたが、ここまでとは。
しかし煌綺は特に驚く様子もなく。
「だから言っただろ、ぶっ飛んでるって」
ぶっ飛んでいると言われたら、たしかにそうだ。
でも、そんな一言で説明していいようなことではないような気がする。
困惑、混乱する未來。一方、瑞葉は冷めた様子でこう言った。
「アヤツ一人で全部解決できるんじゃないの?」
しかし煌綺は「無理だろ」と言う。
「あいつ同情とかするタイプじゃねえから」
それはそう。未來は思わず納得してしまった。
草太とたくさん話したのは、蒼陽の件のときくらいだが、たったそれだけの時間でも、草太がクールなのはよくわかった。
「じゃあ何で今ああやって動いてるのさ」
相変わらずの膨れ面で聞いた瑞葉に、
「ただの好奇心だろ」
煌綺が面倒そうに答える。その言葉に、未來は「ああ……」と納得したのだった。
※
「どーだって?」
戻ってきた草太に、瑞葉は仏頂面で尋ねた。
「先生の中学時代の同級生で、別に付き合ってたとかそういうのはないけど、あの人的には親しくしてたつもりだって」
草太がまとめた情報はわかりやすい。ただ、由朱は本当に夢の相手なのだろうか。
「何か病気とかあるの?」
さっき見た由朱は、特に大病をしているようには見えなかった。
そう思い未來が尋ねれば、草太は平然と。
「多分自殺でもするんじゃない?」
「は?」
「え?」
思いもよらない言葉に、未來と瑞葉は驚きを隠せない。
だって、あんな優しそうな、かわいい雰囲気の人が。
笑顔で、明るそうな人が。
蒼陽くんもそうだったけど、蒼陽くんは病気だった。
でも、ヨアケさんは病気じゃない。
じゃあ、何で。
未來の顔に出たのだろう疑問を解決するかのように、草太は話を続けた。
「聞いてる感じ、婚約してる相手に騙されてるっぽいんだよねー」
衝撃だった。
結婚詐欺、というやつだろうか。
ともにショックを受けた未來と瑞葉が尋ねと、草太はどうでもよさそうに言った。
「何か奥さんいそうだし。その内金使わされて暴言吐かれて捨てられるんじゃない?」
そんな酷いこと、草太はどうして思いつくのだろう。
由朱との会話で、そこまでわかったのだろうか。
もしそうなら、どうして由朱はわからないのだろう。
黙って考える未來の横で、瑞葉が大きな声を出した。
「それ言ったの!?」
「まさか。初対面の人にそんなこと言われて信じるの、暁さんくらいでしょ」
両手を肩まで上げて、草太が言った。
突然名前を出されて、驚く未來。
瑞葉は怒って、声を張り上げた。
「あんた岡田にそっくり! いちいち嫌味言ってきて!」
「だってこれくらい言わないと伝わらないじゃんこの人。本当にいつか痛い目見るよ」
草太はジト目で瑞葉を睨んだ。
「じゃあ未來のためを思って言ってるわけ!?」
瑞葉がまさかと言うように尋ねる。
と、草太は見慣れたニコニコの顔で。
「ううん! 見ててイライラするんだもん。これで痛い目見たら泣き出すんでしょ? 超うざいじゃん」
最後のうざいだけが、真顔だった。
"痛い目"。
未來が何度も言われている言葉だ。
それがここにきて、とても引っかかる。
だが黙ったままの未來を余所に、瑞葉の怒りは止まらない。
「むっかー!!!!! 篠川煌綺は何で何も言わないの!?」
怒りは幼馴染の煌綺にも向いた。が、煌綺はどうでもよさそうに、あっさりと言い放つ。
「本人が気にしてねえなら良いんじゃねえの」
それならと、瑞葉の視線が未來に向いた。
「ミライちょっとは気にしようよ!!」
「でも、事実な気がするし……」
思わず苦笑すると、
「もおおおお!!」
地団太を踏み出しそうな表情で、瑞葉は叫んだ。
未來は困ったような笑顔で「落ち着いて」と声をかける。
だが当然、落ち着くはずなどない。
荒れる瑞葉はおかまいなしに、草太は話を続けた。
「本人より怒って守ろうとする、そういう所が間抜けや他力本願を増長させるんだよ」
「ミライ止めないで。あたしはこいつを殴りたい」
腕まくりして、こぶしを振り上げそうな勢いで、瑞葉が言う。
「まあまあまあ」
未來は必死になだめようとした。
未來を思って怒ってくれるのは嬉しいが、未來自身、草太が言っていることが正しい気がして仕方ないのだ。
――すると。
「君も。丁度良い見本が出てきたんだから、学ぶチャンスなんじゃない?」
「――え?」
未來は小さく聞こえた言葉に振り返った。
しかし草太は、
「何でもないよー」
と、すぐに回れ右をして、面倒くさそうにしていた煌綺に「今度は何見る?」なんて声をかけている。
"悪い奴に騙される"と、以前、渋也や草太に言われたことがある。
そして、先程の草太の言葉。
その先に待つものが、もしかして、ヨアケさんの結末なのだろうか。
そんなことを、未來は思ったのだった。