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第六話 三

「渋也くん……?」


 呼ばれ、渋也が振り返った。


「……お前、何でここに」


 驚き顔の渋也が見つめる先には、大人しそうな茶髪ウェーブの女性が立っていた。

 薄手の白いジャケットに、パステルカラーの水色のロングスカート。

 未來たちより少しだけお姉さんくらいに思える雰囲気のその人は、もしかして渋也の知り合いなのだろうか。


「友達が、ここの卒業生で……」


 女性のほうも、かなり驚いているようだった。

 茫然と答えた彼女に、渋也は何も言わない。

 ただ黙って、女性を見つめている。


「お、何々? 因縁の相手?」


 先程まで怒っていた瑞葉が、今度はわくわくした様子で、二人の顔を交互に見た。


「因縁……?」

「何か意味ありげじゃん?」


 きょとんと首を傾げる未來に、にやにやと楽しそうに答える瑞葉。

 未來はそれには返さずに、渋也と女性に目を向けた。


「久しぶり、だね?」


 女性は優しく微笑んだ。


「ああ……。お前、同窓会いなかったし」


 表情硬く、渋也が返す。


 同窓会ということは、やっぱり知り合い?


 未來は思ったが、ここで確認しようとしたところで、渋也は答えてはくれないだろう。

 それ以前に、気にしても仕方ない気もする。

 でも、何だか気になった。


「あはは、気付いてくれたんだ」


 女性は笑っている。

 しかしなんとなく、違和感がある。


「全員で言ってたからな。お前の話」


 渋也の表情は相変わらず変化なく、声も淡々としていた。


「本当? 嬉しいかも」


 そう女性が言ったとき、少し離れたところから、別の女性の声が聞こえた。


「由朱ー? 何してるのー?」

「あ、友達が呼んでる……じゃあまたね」


 由朱はそう言って、優しく微笑んだ。

 渋也は「ああ……」と零すだけ。

 小走りで立ち去る姿を、表情を変えることもなく、ただ見つめている。


「先生今の誰ー? 美人だったけどー!」


 由朱が離れた途端、未來はにやにや顔で、渋也に突撃した。

 茶化す気満々の態度だが、


「別に誰でもいいだろ」


 渋也はどこか覇気のない声で、淡々と返すのみだ。


「もしかして、先生の元カノとか!」


 それでも追撃する瑞葉に、渋也は「そんな良いもんじゃねーよ」とだけ答えた。

 その後は冷たい表情で、由朱と逆方向に歩いていく。


「あ、ちょっと!!」


 碌な返事をくれない渋也にむくれ、瑞葉は声を上げた。

 だが渋也は振り返ることなく、どんどん遠くに行ってしまう。


「絶対逃げたよあれ」


 不貞腐れて言う瑞葉に、未來は苦笑した。

 そのタイミングで、後ろの飲食スペースから、草太の声が。


「何か似てたよねー、あの人」

「え?」


 未來が振り返る。と、ニコニコしていない草太が、未來を見て一言。


「暁さんに」

「……どこが?」

「雰囲気? 抜けてそうでお人好しそうなところ」


 草太は問いに答えてはくれたが、少しめんどくさそうだ。

 だがそれを聞くやいなや、不貞腐れたままの瑞葉が声を出した。


「じゃあ何? 先生のは好きな女の子いじめる的なやつ?」

「いや、あれは完全に敵意だと思うけど」

「じゃあ昔フラれた腹いせに」

「そんなくだらない理由じゃないと思うけどなー」


 は! と気づいた瑞葉を、頬杖をついた草太が、投げやりに否定する。

 何かをわかっていそうな草太に対し、未來は何もわからず困惑するのみだ。

 そんな未來をどう思ったのか。


「君はさ、どんな夢見たわけ?」


 草太はやれやれといった様子で、椅子から立ち上がった。

 それを見て、煌綺も椅子から立ち上がる。


「え……? ええと……先生がお墓の前で花束持って悲しんでる感じの……」


 突然の質問で少々驚きはしたが、未來は、わかっている情報を草太に伝えた。


「ああ。じゃあさっきの人がお墓の中の人かもね」


 未來と瑞葉に近寄りながら、草太が言う。

 その結論に、瑞葉はむくれた顔をした。


「何でわかるの」

「だって、先生があんなに感情表に出すの珍しいし」

「そんなに感情出てた?」


 自分が気づけなかったことを知る草太に、未來がきょとんと尋ねる。


「あからさまにね。コウキ気づいたでしょ?」


 笑顔のない平静顔で言う草太に、煌綺は答えた。


「あー」


 だるそうな言い方ではあるが、肯定だ。

 やっぱり未來に見えないものが、この二人には見えているのだろう。

 そんなふうに考えていたら。


「じゃ、僕ちょっと答え合わせしてくるね」


 突然、そんな言葉が耳に飛び込んできた。


「は?」

「え?」


 意味がわからない、という顔をしたのは瑞葉。

 どういうこと? という顔をしたのは未來。

 またか、とでも言うように、ため息をついたのが煌綺で、草太は我関せずとばかり、由朱が向かった方へ走って行くと、


「お姉ーさん」


 ためらいなく、輪になって会話している由朱たちに話しかけた。

 驚き振り返る由朱に、「さっきぶりですね!」とニコニコ笑う。


「え、ええと。確か渋也くんと一緒にいた」

「あ、僕岡田先生の学校の生徒です。先生のことで知りたいことがあって」


 他の女性たちにも気に入られたのか。わいわいと楽しそうにしていたかと思ったら、そのうちに、草太は由朱と二人だけで、離れたところに歩いて行った。


「……野川くんって、すごいね」


 遠目に見つつ、未來は言った。

 以前のやり取りで、普通の人はやらないことをする人だとは思っていたが、ここまでとは。

 しかし煌綺は特に驚く様子もなく。


「だから言っただろ、ぶっ飛んでるって」


 ぶっ飛んでいると言われたら、たしかにそうだ。

 でも、そんな一言で説明していいようなことではないような気がする。

 困惑、混乱する未來。一方、瑞葉は冷めた様子でこう言った。


「アヤツ一人で全部解決できるんじゃないの?」


 しかし煌綺は「無理だろ」と言う。


「あいつ同情とかするタイプじゃねえから」


 それはそう。未來は思わず納得してしまった。

 草太とたくさん話したのは、蒼陽の件のときくらいだが、たったそれだけの時間でも、草太がクールなのはよくわかった。


「じゃあ何で今ああやって動いてるのさ」


 相変わらずの膨れ面で聞いた瑞葉に、


「ただの好奇心だろ」


 煌綺が面倒そうに答える。その言葉に、未來は「ああ……」と納得したのだった。


 ※


「どーだって?」


 戻ってきた草太に、瑞葉は仏頂面で尋ねた。


「先生の中学時代の同級生で、別に付き合ってたとかそういうのはないけど、あの人的には親しくしてたつもりだって」


 草太がまとめた情報はわかりやすい。ただ、由朱は本当に夢の相手なのだろうか。


「何か病気とかあるの?」


 さっき見た由朱は、特に大病をしているようには見えなかった。

 そう思い未來が尋ねれば、草太は平然と。


「多分自殺でもするんじゃない?」

「は?」

「え?」


 思いもよらない言葉に、未來と瑞葉は驚きを隠せない。

 だって、あんな優しそうな、かわいい雰囲気の人が。

 笑顔で、明るそうな人が。


 蒼陽くんもそうだったけど、蒼陽くんは病気だった。

 でも、ヨアケさんは病気じゃない。

 じゃあ、何で。


 未來の顔に出たのだろう疑問を解決するかのように、草太は話を続けた。


「聞いてる感じ、婚約してる相手に騙されてるっぽいんだよねー」


 衝撃だった。

 結婚詐欺、というやつだろうか。

 ともにショックを受けた未來と瑞葉が尋ねと、草太はどうでもよさそうに言った。


「何か奥さんいそうだし。その内金使わされて暴言吐かれて捨てられるんじゃない?」


 そんな酷いこと、草太はどうして思いつくのだろう。

 由朱との会話で、そこまでわかったのだろうか。

 もしそうなら、どうして由朱はわからないのだろう。


 黙って考える未來の横で、瑞葉が大きな声を出した。


「それ言ったの!?」

「まさか。初対面の人にそんなこと言われて信じるの、暁さんくらいでしょ」


 両手を肩まで上げて、草太が言った。

 突然名前を出されて、驚く未來。

 瑞葉は怒って、声を張り上げた。


「あんた岡田にそっくり! いちいち嫌味言ってきて!」

「だってこれくらい言わないと伝わらないじゃんこの人。本当にいつか痛い目見るよ」


 草太はジト目で瑞葉を睨んだ。


「じゃあ未來のためを思って言ってるわけ!?」


 瑞葉がまさかと言うように尋ねる。

 と、草太は見慣れたニコニコの顔で。


「ううん! 見ててイライラするんだもん。これで痛い目見たら泣き出すんでしょ? 超うざいじゃん」


 最後のうざいだけが、真顔だった。

 "痛い目"。

 未來が何度も言われている言葉だ。

 それがここにきて、とても引っかかる。

 だが黙ったままの未來を余所に、瑞葉の怒りは止まらない。


「むっかー!!!!! 篠川煌綺は何で何も言わないの!?」


 怒りは幼馴染の煌綺にも向いた。が、煌綺はどうでもよさそうに、あっさりと言い放つ。


「本人が気にしてねえなら良いんじゃねえの」


 それならと、瑞葉の視線が未來に向いた。


「ミライちょっとは気にしようよ!!」

「でも、事実な気がするし……」


 思わず苦笑すると、


「もおおおお!!」


 地団太を踏み出しそうな表情で、瑞葉は叫んだ。

 未來は困ったような笑顔で「落ち着いて」と声をかける。

 だが当然、落ち着くはずなどない。

 荒れる瑞葉はおかまいなしに、草太は話を続けた。


「本人より怒って守ろうとする、そういう所が間抜けや他力本願を増長させるんだよ」

「ミライ止めないで。あたしはこいつを殴りたい」


 腕まくりして、こぶしを振り上げそうな勢いで、瑞葉が言う。


「まあまあまあ」


 未來は必死になだめようとした。

 未來を思って怒ってくれるのは嬉しいが、未來自身、草太が言っていることが正しい気がして仕方ないのだ。

 ――すると。


「君も。丁度良い見本が出てきたんだから、学ぶチャンスなんじゃない?」

「――え?」


 未來は小さく聞こえた言葉に振り返った。

 しかし草太は、


「何でもないよー」


 と、すぐに回れ右をして、面倒くさそうにしていた煌綺に「今度は何見る?」なんて声をかけている。


 "悪い奴に騙される"と、以前、渋也や草太に言われたことがある。

 そして、先程の草太の言葉。

 その先に待つものが、もしかして、ヨアケさんの結末なのだろうか。

 そんなことを、未來は思ったのだった。


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