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第三話 三

 未來が顔を上げると、瑞葉が公園の入口に立っていた。


「みっちゃん!」


 なぜかやってこない瑞葉に駆け寄り、声をかける。

 笑顔の未來を、瑞葉は混乱しきった顔で見た。


「何でアヤツもいるの? え、そんなに仲良し?」


 アヤツというのは、当然煌綺のことだろう。


「え、あ、ちょっと相談してた流れで」


 焦ったような、ごまかすような声を出した未來に「相談?」と、瑞葉が不思議そうに尋ねる。

 そんな二人の横を、ポケットに手を入れた煌綺が通った。


「コンビニ行ってくる」

「あ、行ってらっしゃい」


 反射的に返す未來。


「はあ?」


 疑問符に囲まれていそうな、瑞葉の声が聞こえた。


 ※


 未來は瑞葉と並んで、公園のベンチに腰を下ろした。


「びっくりしたよ。いきなり来いなんて珍しいから」

「ごめん。どうしてもすぐに伝えたほうがいいって思って」

「篠川煌綺のこと?」


 瑞葉は首を傾げた。


「ええと……みっちゃんのこと」


 どう切り出していいのかわからず、迷いながら、未來は言った。

 少しだけうつむいた上目遣い。


「あたし?」


 瑞葉はますます不思議そうに、未來を見た。


「その、ええと……」


 未來は右下に目線を逸らした。

 伝えなくてはと思っても、いざ説明しようとすると、やはり難しい。

 順序や、言い回しや、言葉や、何か一つを間違えてしまうだけで、瑞葉に信じてもらえないかもしれないのだ。

 それも問題ではあるが、万が一にも、瑞葉を傷つけてしまう可能性だってある。


「あの……その……」


 暗い顔で言いよどむ未來に、瑞葉はぐっと身を引いた。


「え? 何? やめて!! めっちゃ怖い!」

「こ、怖くない! 多分!」

「多分って何!?」


 瑞葉は大きな声を出した。

 このままでは、瑞葉をより混乱させるだけだ。

 未來は思い切って、口を開いた。


「あ、あのね、えっと……み、みっちゃん、インターハイ目指してるんだよね?」


 きっかけになりそうな話題と思って選んだ質問が、正解だったようだ。

 瑞葉はすぐに落ち着き、いつもと同じ笑顔を見せた。


「うん、今年こそ頑張るんだ」


 凛々しく上がった口角と、きりりとした決意の眼差しが眩しい。

 いっそ眩しすぎて、未來はうつむいた。

 頭の中に、階段から転げ落ちた瑞葉の姿が蘇る。

 左の足首を抱え、苦痛に顔を歪めた瑞葉の。


 あの夢は、あの怪我は、絶対に、あってはいけない。

 だが本当に、どこから伝えたらいいのだろうか。


 予知夢が見られることなんて、親友の瑞葉でも信じてくれないだろう。

 それに夢に出てきたあの男女は、いったいどこの誰で、瑞葉とどんな関係なのか。

 浮気、失恋、不倫と言った煌綺の憶測が、当たっているかいないかもわからないから、うかつに質問もできやしない。


「ミライ?」


 瑞葉に呼ばれ、未來はおずおずと視線を上げた。

 なにかを話さなければ、不安は募るばかりだ。

 未來は自信のないまま、瑞葉に聞いた。


「す、好きな人? いる?」

「は?」


 返事は反射のように素早くて。


「……ごめん」


 未來は瞬時に謝った。


 失恋とかやっぱり違ったんだ。

 質問もおかしかったんだ。

 だからみっちゃんはすぐに反応して――。


 と、思っていたら。

 なんと瑞葉は、嬉しそうに顔を輝かせた。


「え、何? 恋バナ!? 珍しいねぇ! 相手はあの篠川煌綺かな?」


 ニコニコ顔で飛びついてきた瑞葉を前に、未來は慌てて、胸の前で手を振った。


「えっ、違う違う! みっちゃんの話!」

「え〜、何であたしの話なの」


 瑞葉は残念そうな顔をした。

 一方で、未來は握った両手を体の前で上下に振って、一生懸命に訴える。


「みっちゃんの好きな人がいるか知りたいの!!」

「いるけどさあ……」


 瑞葉は納得いかない表情で呟いた。

 未來の心臓がドキリと跳ねる。


 やっぱり、いるんだ。あの人なんだ。

 それなら、あの女の人は……。


 確認、しないといけない。

 そう思ったから、未來は聞いた。

 ありえないほど、まっすぐに。


「その、その人、彼女いるの?」

「え……?」


 直後、瑞葉の空気が変わったのがわかった。

 もしかしたら、聞いてはいけないことを聞いたのかもしれないと、未來は下を向く。

 なにか取り繕う言葉を、と必死に考えていると。


「ごめん」


 いつもより低い、瑞葉の声が聞こえた。


「ちゃんと説明してほしいかも」


 未來を見る瑞葉の目は、これまでに見たことがないほど真剣だった。

 その表情で、未來は思った。

 もう、最初から全部話していくしかないのだと。


 瑞葉を傷つける発言をしたであろうことを猛省し、未來は口を開いた。


「……あのね、私、予知夢が見れるの」

「はい?」


 これまでの緊張とは一変、瑞葉はひっくり返ったような声を上げた。

 やっぱり、いきなり信じてもらうのは難しい。

 それでも信じてもらおうと、未來は、見たいものが見れるわけではないことを話した。

 瑞葉は黙って、未來を見ている。

 その落ち着いた様子に、未來もまた、心が凪いでくるのがわかった。


 だが、次はいよいよ本題だ。

 未來は緊張した声で言った。


「その夢でね、今朝、みっちゃんが出てきたの」


 瑞葉が驚いた顔をした。

 その目は「あたし!?」と言っているかのようだ。


「大人の男の人と、女の人が歩いてて、みっちゃん、走り出して」


 うまく説明できているだろうかと思いながら、未來は話し続けた。

 先ほど驚いた瑞葉は、今は神妙な顔で、未來の言葉に耳を傾けている。


「階段、踏み外して、骨折して……」


 語るうち、未來は悲しい気持ちになってきた。

 だってこれは、絶対にあってはならない結末なのだ。

 だが、話はここで終わり。

 これより先に続くものはなく、二人の間に、声もない。


 何も言わない瑞葉の反応が恐ろしく、未來は作り笑いで顔を上げた。


「し、信じるわけ、ないよね」


 いっそ、この場から逃げ出したい。

 そんな心情だった。

 しかし、やっとの思いで口にした言葉にも、瑞葉は反応を示さない。


「ごめん、やっぱり……」


 未來はうつむいた。

 重い気持ちに潰されそうになりながら、両手をベンチの上に置く。

 だが、そこで瑞葉が口を開いた。


「別に、信じてもいいよ?」

「え?」


 あまりにあっさり明るい声に、未來は驚き顔を上げた。


「そんなウソついても、ミライに何の得もないもんね」


 瑞葉は少し考えるように言った。

 確かに、瑞葉の言う通りだ。

 でも、そんなふうに言ってもらえるなんて。

 こんなにすぐに、信じてもらえるなんて。

 驚く未來を、瑞葉は見つめる。


「だってもしこれが嘘だとしたら、今までのミライが全部嘘ってことじゃん。そこまでして騙されたなら、もうお手上げだけどね。あたしは、ミライがそんなウソつく人だとは思わない」


 まっすぐな言葉だった。

 未來にとっては、何よりも嬉しい言葉。

 しかし同時に、未來に自省を促す言葉でもあった。

 なにせ未來は、こんなにも未來を信じてくれている瑞葉を疑っていたのだ。

 予知夢の話なんて、信じてもらえないかもしれないと。


「信じるよ。ミライの話。言ってくれて、ありがとう」


 瑞葉は、健やかに微笑んだ。


「みっちゃん……」


 本当に、瑞葉は優しくて、強くて、かっこいいと、未來の胸が熱くなる。

 瑞葉のほうは、既に気持ちを切り替えたらしい。


「で。要は、あたしが先に先生に確認しとけば良いんだよね」

「う、うん、多分……?」


 きっぱり聞かれ、未來は曖昧に答えた。

 正直、瑞葉に伝えることに気を取られていて、その後の行動まで考えていなかったのだ。


「良い機会かもだし、聞いてみるよ。考えてみたら聞いたことないし」


 瑞葉は腕を組み、夜空を見上げた。

 その横顔を、未來は見つめる。

 凛とした眼差しが震えたと思ってすぐ。

 瑞葉は、未來を振り向き、言った。


「でも、もし、もし彼女がいるって言われたら。そしてそれを目撃したら」


 次第に弱まり、震える声。


「あたし多分、同じことになるかもしれない、けど」


 瑞葉は、未來の右手を、ぎゅっと握った。


「そのときは、そばにいて!」


 瑞葉の瞳は、大きすぎる不安に揺れていた。

 今にも泣きだしそうな親友の手を、未來は両手で握り返す。


「もちろん……!」


 初めて見る、瑞葉の姿。

 でもこれもまた瑞葉なのだ。

 彼女が笑顔になるためならば、どんなことでもしたいと、このとき未來は強く思った。


 ※


 ベンチから立ち上がった瑞葉が、スマホで連絡をとっている。

 相手は『先生』なのだろう。


 会話の内容は未來には聞こえなかったし、聞こうとも思わなかった。

 だが、緊張に硬くなっていた瑞葉の背中が、だんだんと柔らかく解れていく様子に、嬉しそうに弾んだ声に、未來の心も和らいでいく。

 それでも未來は瑞葉の話が終わるまで、その背中をずっと見守っていた。


 ※


「ど、どうだった?」


 通話の後、立ち上がり尋ねた未來に、瑞葉は満面の笑みで振り返った。


「ないって! 彼女でも好きな人でもないって! 友達でしかないって!」


 言いながら、感極まったように抱き着いてくる瑞葉。


「よかった……!」


 勢いに押され、未來はベンチに腰を下ろした。

 そのまま瑞葉の背に腕を回し抱き返そうとして――。

 気づいた。

 瑞葉の手が、震えていることに。


 ※


 その後、二人はまた並んでベンチに座った。


「でも、びっくりした」

「え?」


 未來の言葉に、瑞葉が振り向く。


「みっちゃんの知らないところ見た感じで」


 そう伝えた未來に、瑞葉はふっと微笑んだ。


「ミライ、好きな人いる?」


 優しい声だった。


「……いたことない」


 首を振りながら、未來は答える。

 未來は、人を好きだという気持ちはわかっても、恋愛感情というものがわからなかった。

 全員平等に好きで、特別を感じたことがないのだ。


「じゃあ、そのうちわかるよ」

「え?」


 わかる予感なんてまるでないのに、瑞葉には何が見えているのだろう。

 未來には想像もつかない――が。


「恋ってね、人を変えるんだよ」


 そう言って空を見上げる瑞葉の顔は、とても綺麗だった。

 人を変えるという恋が、こうした表情を生み出すのだろうか。


「毎日キラキラわくわくドキドキってね!」


 瑞葉が立ち上がる。

 まっすぐに伸びた背中も、未來を振り返ったときの微笑みも、とてもとても、瑞葉らしい。

 その同じ『らしさ』で、彼女は言う。


「まあ、また今度教えてあげるよ!」

「え!? 何で今じゃないの!?」


 そんなもったいぶらなくても! と、未來は抗議の声を上げた。

 しかし瑞葉は、


「篠川煌綺、待ってるんじゃないの?」

「あ!」


 未來は勢いよく立ち上がった。


「ここまでわざわざついてきたのに、あたしとの話のために移動してくれたんでしょ? 優しいじゃんあいつ」

「うん、多分、そうなんだと思う」


 うつむき微笑み、未來は答えた。

 その間、思い返すのは、過去から今に続く時間。


「迎えに行ってあげな! あたし帰るから!」

「うん、わかった。ありがとう」


 じゃあねと手を振る瑞葉は、本当にいつもと同じ、元気いっぱいの姿で。

 未來はとても、安心したのだった。


 ※


 二十時二十六分。

 未來がやっと向かったコンビニの前に、煌綺は立っていた。


「遅え」

「ご、ごめん」


 待たせたことを忘れていた手前謝れば、煌綺は気にも留めていない様子で「終わったのかよ」と聞いてくる。


「うん。全部話して、信じてくれた」

「そーかよ。んじゃあ、帰るぞ」


 いつもの声、いつもの言い方で言い、煌綺はパーカーのポケットから取り出したものを、未來に向けて放り投げてきた。


「わ!! え!?」


 慌てて両手で、キャッチする。

 なにかと思えば、それは小さなペットボトルのウーロン茶だった。

 小さい頃から、未來がよく飲んでいたメーカーのものだ。

 なんで? と思いつつ見ていれば。


「置いてくぞ」


 止まったままの未來に、振り返った煌綺が告げる。


「あ、待って待ってー!!!」


 きらきらと。

 わくわくと。

 どきどきが。


 胸の中に満ちていく。


「ねえねえ、自分の買ってないの?」


 後ろ手に、ペットボトルを握った未來が問えば、


「るせーな。全部飲んだんだよ」


 隣を見ずに、いや、むしろ目を逸らして、煌綺は言った。


「ふふ、そっかー」

「んだよ」

「ふふふふ、別に」


 全部わかるのは、未來にはきっとまだ早い話。

 だけど。


『ミライは、子供だね』


 瑞葉が言ったあの言葉の意味は少しだけわかったかもと、未來は思った。


 ※


 それから二日後、未來と煌綺の登校時刻。


「見ちゃった」


 教室入口の扉前に、瑞葉が立っていた。


「え?」


 未來と煌綺は、ぽかんと瑞葉を見た。

 どうしてこんな早くにみっちゃんが? と、何を見たの? が混じり合う。

 が、次の瞬間、瑞葉は堰を切ったように話し始めた。


「マジで見ちゃったよ……! 今朝! センセーが女の人と二人で歩いてるの!! ミライすごいね!?」


 どうやら、今日が予知夢の日だったようだ。

 聞けば瑞葉は、朝練参加のための早朝登校中に、二人を見かけたらしかった。


「知らなかったらホントにショック受けてたと思う! ミライのおかげで耐えられた! ありがとう!!」


 瑞葉はいつものように、ニッコリと微笑んだ。

 しかも「直接言いたくて、待ってた」と言うものだから、未來の心は喜びと驚きでいっぱいだ。

 なにせ未來は、自分で選んだことで人に感謝されるのは初めてなのである。

 もちろん、こうして想いを伝えてもらうことも。


「ううん! みっちゃんが無事で、よかった!」


 心の底から微笑む未來に、瑞葉が「ありがと!」と抱き着いた。

 よかったよかったと、ひたすらに思いながら、未來は瑞葉を抱きしめる。

 もう瑞葉は震えていない。

 それが、なによりも嬉しかった。


 だが話はここでは終わらない。


「篠川煌綺!」


 そう呼んだ瑞葉が、後ろの入口に向かう煌綺のほうへすたすたと歩いて行ったのだ。


「あ?」


 立ち止まり、煌綺が振り向く。

 と、彼の隣に並んだ瑞葉が。


「ミライのこと、よろしく頼んだ!」

「ああ?」


 昨日の二人の話を知らない煌綺は、不思議そうに声を上げた。

 が、未來も同じ気持ちだった。

 そもそも二人は、これまで交流があったのだろうか?

 そんなことを考えながら、未來は、親友と幼馴染が未來にはわからない話をする様子を見守っていた。


 少しだけ未来が変わった。

 そう、思いながら。


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