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〈純太〉エピローグ

 ダラダラ生きていたら、いつの間にか高校生になっていた。

 今でも考える。どこからが夢で、どこまでが現実だったんだろうかって。

 秘密基地に帰った俺たちは、ほとんど時間が過ぎていなかったことに驚愕した。アムネルで過ごした三日間は、日本の一分にも満たなかったんだ。マロンもこういう気持ちだったのかなと考えると、なんだか寂しくなった。

 その日は一旦解散。凛空のやつ、そのあと律儀に塾に行ったらしい。体力あるなって思ったよ。俺もマロンも、帰ったらすぐに寝たのに。

 凛空には内緒にしているけど、一日後、俺は一人で秘密基地に向かったんだ。様子を見に行こうって思って。ちゃんと、あの日みたいに空洞があった。進んでいったら、またアムネルに辿り着いた。

 驚いたよ。街が全然変わっているんだ。丘にはロープウェイみたいな乗り物があって、ファミリアも、ローブじゃなくて洋服を着ていたんだ。魔導士が住んでいたログハウスは、もうなくなっていた。

 俺は丘を下って、市街地に向かった。そしてまた驚かされた。

 まず闘技場がなかった。代わりに、更生施設が建っていたよ。なんでも、ルプスをファミリアに戻そうと思い立った魔導士がいたらしい。当然、凛空の飼っていた犬でもなければ、チロルでもなかったけど。ともかく、俺の知らない魔導士が、そんなことをしていたようだった。

 だけど、ルプスが完全に消えたわけでもないみたいだ。路地裏は未だに危険らしい。それでもルプスの数が減ってきているようで、治安は良くなっているんだそうだ。

 そうそう、この話をしてくれたのは、チロルの子孫だった。チロルの家に行ったら、出迎えてくれたんだ。

 闘技場が撤去されてから、チロルは家業のお菓子作りを再開したらしい。ムギと協力して、どうにか立て直せたんだとか。剣道はダメダメだけど、経営に関しては秀でた才能があったんだという。剣道というか、あれは肝っ玉の問題だと思っているけどさ。

 結局、チロルは、ルプスにされた家族とは会えなかったらしい。詳しい理由は分からないけど、きっと家族が会いたがらなかったんだろうと、チロルの子孫は話していた。

 肝心のチロルは、もうとっくに亡くなっていた。ずっと昔の話らしい。ムギも亡くなっていたようだ。その二匹が夫婦になったかどうかは、最後まで訊けずじまいだった。

 ただ、妙な違和感があったんだ。チロルもムギもとっくの昔に亡くなっている。それは日本とアムネルの時間差を考えれば当然ともいえる。そうなると、魔導士、つまり凛空の飼っていた犬は途方もなく長い時間生きていたことになる。

 凛空が池に落ちてから昨日まで、魔導士はアムネルにいた。日本で五年以上経っているなら、アムネルだと何百年、何千年経っていたっておかしくない。いくら魔導士といえども、寿命を伸ばす力は使えないはずだ。

 その疑問を解消してくれたのは、やはりチロルの子孫だった。時間の流れは出生地に影響するらしい。というのも、魔導士は日本で生まれたから、日本の時間の流れで歳を取るようだった。

 周りのファミリアだけが年老いて、自分だけが取り残される。魔導士が丘の上に住んでいたのは、必要以上にファミリアと交流しないためだったんだろうか。今となっては知る由もない。

 チロルの子孫は、サピエンスの俺を歓迎してくれたようで「家に泊まりませんか」と提案してくれた。でも断ったよ。そして二度と来ないだろうとも思った。

 ショックが大きすぎたんだ。この間まで隣にいたチロルとムギが、突然姿を消してしまうだなんて。このチロルの子孫も、俺が日本に帰ればぽっくりと亡くなっているわけだ。もう耐えきれないと思ってしまった。

 それで、もう二度と行ってない。アムネルにも、秘密基地にも。

 マロンはというと、俺が中一のときに息を引き取った。長生きだったよ。もう随分とおばあちゃんだった。俺たちがアムネルから帰ってきてからも、ずっと家で寝てばかりだったから。心の準備はできていた。

 でも、いざ失うとなると、どうにも感情が抑えきれなかった。泣いたよ。学校も休んで、ずっと泣き続けた。一ヶ月は引きずった。高校生の今だからこそ、ちょっとは乗り越えられたけど。

 凛空は私立の中学に合格した。別々のところに進学したから、案の定、もう会わなくなったよ。ちょくちょく連絡はするけど、秘密基地は、まあ自然消滅。マロンが亡くなって、本当に行く機会がなくなってしまったんだ。

 ダラダラ生きていたら、いつの間にか高校生になっていた。もっと一日を大事にしたいけど、俺にはまだ難しい。今を生きるのに精一杯だ。

 それでも、ちょっと成長したところがある。嫌なときは嫌だと言えるようになったことだ。昔の俺は、周りの目ばかり気にして、自分のことをあまり考えていなかった。でも、今は違う。断りにくい用事だって、やんわりとならノーと言える。

 ちょっとだけ自分中心で生きられるようになった。自分より優れている誰かがいても、卑屈にならずに済むようになった。

 幸せだよ。うん、幸せ。不幸じゃないんだから、幸せに決まっている。

 じきに慣れるさ。チロルとムギが亡くなった事実にも。マロンがいない生活も。

 一歩ずつ、自分のペースで進んでみるよ。

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