目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第54話信長、総長を辞する

「ノブさん、会議始まりますよ」

「……であるか」


 新選組は八木邸と前川邸をまた間借りさせてもらい、仮の屯所にしていた。

 昨日の火事は一部の隊長――武田と鈴木の失火として片が付いた。その責任を取って、二人は切腹したとも奉行所に伝えた。


 信長は沖田の導きによって、八木邸の廊下を歩いていた。

 足取りはかなり重い。それは当然だろう。

 彼が認めた男――近藤勇が亡くなったのだから。


 近藤は発見された後、医者に連れていかれたが、致命傷を受けていて――助からなかった。

 最後まで苦しんでいた。しかし最後まで生きるために戦っていたとも言える。

 今わの際、近藤と会っていたのは土方と沖田、そして井上だった。

 純粋な試衛館の人間だけで見送ったのだった。


 さて。西本願寺の屯所の火事から逃げた者が、新選組の中で数多くいた。

 それらは伊東を中心とした『御陵衛士ごりょうえじ』として再編していくことになった。

 無論、誰の許可も取っていない、勝手な行ないだったが――止められなかった。

 何せ半数以上の隊士が従ったのだ。それらの中には海援隊と陸援隊との合併を嫌う者も少なくなかった。


 隊士たちがいなくなったのは問題ではない。

 重要なのは幹部も一緒にいなくなったことだ。

 それは斉藤一と藤堂平助の二名だった――


「斉藤さんはおそらく間者として潜り込んだんでしょうね」

「多分、土方の命令だろうな」


 廊下を歩きながら小声で言う信長と沖田。

 沖田の胸中には、どうして平助が去ってしまったのかという思いが寂しく残っていた。

 信長が障子を開くと、そこには新選組と海援隊、陸援隊の主要な面々がいた。


「遅いぞ、総長。あなたがいないと始まらない」


 二番隊隊長、永倉新八。


「なんだなんだ? 寝坊でもしたのか?」


 十番隊隊長、原田左之助。


「まあまあ。とりあえず、座ってください、総長。総司」


 新選組副長、井上源三郎。


「そうだな、話があんだよ」


 同じく副長、土方歳三。


「…………」


 そして陸援隊隊長、中岡慎太郎。


「中岡。そんな辛気臭い顔するなぜよ」


 最後に海援隊隊長、坂本龍馬。

 これが今の信長の同志たちだ。

 かけがえのない、同志たち。


「遅れてすまぬ。では幹部会を始めよう」


 信長はわざと上座を避けて、土方と同じ位置に座った。

 それが近藤に対する敬意だとその場にいる誰もが感じた。


「まず、決めることは誰が頭になるか……」


 口火を切ったのは土方だった。

 つまり幹部会を取り仕切る意思を示した。

 すなわち、進行役になることで――新選組の頭になることを放棄したのだ。


「新選組の頭ちゅうことなら、おまんらで決めるべきぜよ。俺と中岡は口を挟まないきに」


 坂本が素早く海援隊と陸援隊に乗っ取る意思はないと言外に伝えた。

 坂本や中岡にはもとよりそんなつもりはなかったし、何より死んだ近藤を思うと言えるはずが無かった。


「私は――織田総長を推薦します」


 真っ先に提案したのは井上だった。

 元来、自分の意見を押し通そうとはしない彼から出た言葉に、戸惑う者もいた。


「源さん。それはどういう意図で言ったんですか?」

「土方さん。私やあなたでは新選組の舵取りはできない。それに総長は新選組の中でも序列が上だ。伊東参謀を除けば頭になるのは当然の地位だろう」


 その言葉に「もっともだな」と賛成したのは永倉だった。


「もし、山南さんが生きていたら頭になっていただろう。そのくらい、総長という地位は重い」

「じゃあ俺も賛成だ。それに文句ねえだろ。この面々で信長さんが頭務めるのは――」


 原田がそこまで言ったとき、沖田が「私は反対です」と異議を唱えた。

 これには全員驚いた。信長に近しい沖田が反対するなんて――


「総司。どうして反対なんだ?」

「土方さんは分かるでしょう。ノブさんは裏で誰かに力を貸すほうが力を発揮します。いつだってそうだったはずです」


 沖田の言うとおり、信長が今まで表立って活躍したことはない。

 彼は過去の行ないからか、誰かの支援することを自分の役割だと思っていた。

 だからだろう、沖田にそう指摘されて信長自身、何も言わないのは。


「もし、ノブさんが頭になるのなら、それ相応の覚悟を求めてほしいです」

「……どんな覚悟だ?」

「三つあります」


 土方に促されて、沖田は信長に正対した。

 信長も姿勢を正した。


「一つ、絶対に死なないこと。これは近藤さんの二の舞にならないようにです」

「…………」

「二つ、同志たちを裏切らないこと。当然のことですが、改めて誓ってください」

「……それで、三つめは?」


 信長の問いに、沖田は天井を見上げた。

 かつての師を思い出すように。

 そして信長と目を合わせた。


「最後は、決して士道に背かないことです」

「…………」

「近藤さんが最後まで守り抜いたこと。そして貫き通したことです。ノブさんにも守ってほしい。そしてその覚悟をもって、新選組の頭になってください」


 信長は沖田の目をじっと見つめた。

 それから全員が自分に注目していることを自覚して――


「ああ、誓おう。覚悟はできている」


 その言葉を受けて、土方は「良いんだな?」と念を押す。


「言っておくが、俺はあんたの命令を何でも聞くわけじゃねえ。おかしなことがあったら遠慮なく反対させてもらうぜ」

「ああ、それでいい。いや、それがいい。おぬしはそうでなければならん」


 信長は満足そうに頷いて――誓った。


「新選組を率いるのなら、そうでなければやりがいが無いな」



◆◇◆◇



 幹部会が終わった後。

 信長は土方と話していた。


「近藤の最期の言葉、聞かせてくれるか」

「……教えてやりたくねえなあ。でもよ、教えなきゃいけねえ気持ちもある」


 たくわんをぼりぼり食べながら酒を飲む土方。

 信長は渋茶を飲みつつ「さっさと言え」と催促した。


「近藤さんは……『トシ、総司、源さん。今度はどこへ行こうか』って言ったんだ」

「なんだそれは?」

「知らねえ。意識は朦朧としていたからな。もっと気の利いたことを残してくれりゃあいいのによ」


 ぐびっと酒を飲み干す土方。

 しかし信長は「良い遺言だ」と悲しそうに言う。


「儂は残せなかったからな」

「そういう点じゃあ近藤さんはあんたより一枚上手だったな」

「儂が最後に聞いたのは、『新選組は私たちがいた証だ』というものだった」

「山南さんと同じことかよ。ま、俺も最後に残すとしたらそう言うのかねえ」


 信長は「しばらくは死ねないと思え」と土方に言う。


「儂は決めた……儂は決めたぞ、土方!」

「なんだようっせえなあ」

「もう誰も死なせない。少なくとも幹部たちは」


 土方はその言葉に動きを止めた。


「近藤は救えなかったが、他の連中は違う。もうあんな思いをするのは真っ平ごめんだ」

「……俺もだよ、馬鹿野郎」

「新選組を大きくするだけじゃ駄目だ。世間で、天下で、必要とされるものにならなきゃ駄目だ」


 土方は「そのための策はあるのかよ?」と問う。

 信長は「百ほどあるぞ」と自信満々に言う。


「だが手っ取り早い方法で行こう。時代の流れが速すぎる」

「具体的にどうするんだ?」


 信長は「公武合体を推し進める」と言い出した。


「今更な感じはあるが……」

「だろうな。儂もそう思う。しかし大政奉還して武力倒幕が難しくなったときこそ、推し進めるべきだ」

「具体的な案はあるのか?」


 土方の問いに信長は自信満々に答えた。


「御陵衛士を利用すればいい」

「そんだけで分かるほど、俺は利口じゃねえ」

「あやつらは近藤を殺したことで信用されているはずだ」


 信長はにやにや笑って言う。


「結局のところ、玉を握った者が勝つのだ、ふひひひ」


 土方はまたとんでもないこと言い出すんじゃないだろうなと不安に思った。

 同時に何故か楽しくもあった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?