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第40話信長、坂本龍馬と会う

 夜半のことである。

 すっかり暗くなった京の町。

 四人の男が呼吸を落ち着かせていた。


 彼らはこれから――人を殺す。

 その緊張と興奮を沈めなければならない。

 宿屋にいるのは二人。それも彼らが所属している組織にとって邪魔な存在だった。


 確実に殺さねばならない。

 失敗は絶対に許されない。

 不退転ふたいてんの覚悟を決めて四人は『近江屋おうみや』へ入った。


「御免。我らは十津川郷士とつがわごうしである。坂本先生に挨拶願いたい」


 応対したのは山田藤吉やまだとうきちという男だった。

 怪訝に思いながらも彼は「二階におります」と四人に背を向けた――素早く一刀の元、斬られる。

 どたん! と派手に音を立てて倒れるが――二階から物音はしない。


 四人は音を立てず、素早く階段を上って――


「坂本先生、おられますか?」


 声をかけると「おう」と返事があった。

 四人は左右に分かれて――ふすまを一気に開けた。


「……遅かったな」

「なっ――」


 襲撃者の一人が驚くのは無理もない。

 顔を知っている男だったからだ。

 そして襲撃すべき男――坂本龍馬がいない。


「奇妙なことがあるものだ」


 薄暗い部屋。そこで彼は銃を四人に向けながら独り呟く。


「死んだはずの男が、死ぬはずだった男を救うこととなるとは。現は面白いものよ」

「き、貴様は……!」


 襲撃犯の一人が口を開け閉めしながら、その男に向かって喚いた。


「何故、ここにいる!? 新選組総長――」


 そのとき、月明かりが部屋に差し込んだ。

 男の顔が露わになる。


 初老の男だが若々しくも見えた。髭を蓄えており、老練な策士に見えた。あるいは百戦錬磨の武将にも見える。凛々しい顔立ちで整っていて、特に爛々とした目が印象的だった。

 彼は赤地に黒のダンダラ模様の羽織を着ていた。その姿は地獄より来た魔王のようだった――


「――織田信長!」


 襲撃者が男――信長の名を叫んだ。

 信長は「何故ここにいる、か」と繰り返した。


「儂にも分からんよ――帰ってきた理由などは」



◆◇◆◇



 山南の死から数か月後――


「良いか? 隊伍たいごを組まずに敵を囲むように仕留めよ」


 信長の指示で新選組隊士たちは散兵さんぺいとなり、目標であるかかしへ近づく。

 それを他の隊士が銃に見立てた木の棒で警戒する。

 訓練している場所は伏見稲荷神社ふしみいなりじんじゃの裏手の山だ。杉の木が鬱蒼としており、実戦向きとなっている。


 信長は状況を確認する。散兵となった隊士が山を登りかかしに近づいていく――しかし銃を構えた防衛側の隊士に撃たれて――全滅してしまう。

 信長はよく通る声で「全員、戻ってこい!」と命じた。

 すぐに隊士二十人――全員、信長が隊長を務める六番隊隊士だ――が整列した。


「山野。どうして全滅したのか、理由を述べろ」


 攻撃側の指揮者だった山野八十八が「単調な攻撃だったからです」と背筋を伸ばして答えた。


「こちらに銃がないのも理由です」

「おぬしは銃を持った隊士を一人倒している――何故、その銃で他の者を援護してやらぬ?」

「あっ……」


 思いつかなかったようで、山野は蒼白となった。

 次に「吉村。おぬしはどう考える?」と信長は防衛側の指揮者、吉村貫一郎に訊ねる。


「どうして刀しか持たない者が銃を持った隊士を倒せたのか?」

「配置場所の視界が悪かったと思われます。確認したところ、死角が数か所ありました」

「ならばそこには死角を埋められるように数名配置するべきだった」


 信長は訓練を自分の隊に課していた。

 しかし場所が神社なので刀や銃を持ち込むことができない。

 だから木刀や木の棒を使っての模擬戦をしていたのだ。


 また訓練だけではなく、隊士一人一人にどう戦えば良かったのかと考えさせていた。

 いわゆる戦闘的頭脳を鍛える目的だった。

 いざというとき、どう対処すれば己が有利になる方法を考えさせる――


「よし。今日はここまで。水をきちんと飲んでおけよ」


 信長が解散を告げると隊士たちに弛緩しかんした空気が漂う。

 口調こそ荒くなかったが、厳しい訓練であることは変わりない。

 剣術や銃の稽古とは違って頭も使うので疲労度も高い。


「山野、吉村。お前たちは残れ」


 二人を神社の奥に連れてきて「どうだ、六番隊は?」と訊ねる。


「総長のおっしゃる散兵攻撃はできるようになりました。しかし、全滅しやすいです」

「であるか。やはり刀だけでは突破できぬ……そろそろ攻撃側にも銃を持たせるか」


 山野の発言を受けて訓練内容を見直す信長。

 それに対して「どうして初めから銃を持たせなかったんですか?」と吉村が訊ねる。


「理由はいろいろあるが、隊士に銃の重要性を感じさせることだ」

「……そうですね。銃の重要性は美しい私にも叩き込まれました」


 信長は山野の言葉に頷いた。

 それから今後の訓練内容を確認し、三人は屯所――西本願寺へ戻った。

 信長が自室で休もうとしたとき「ノブさん。ちょっといいですか?」と話しかけられた。

 振り返るとそこには一番隊隊長の沖田総司がいた。


「どうした沖田。稽古なら付き合わんぞ」

「そうじゃなくて。最近、平助が元気ないんですよ」


 藤堂平助が江戸から戻ったのは数日前である。

 彼は山南の死を自分の責任だと感じていた。


「仕方なかろう。経緯を鑑みればな」

「私、平助を誘って遊びに行こうと思っているんですけど、ノブさんもどうですか?」

「今日の晩以外ならな」

「では、明日はいかがですか?」


 沖田の提案に信長は「いいだろう」と頷いた。


「あやつにも山南の言葉を伝えてやらんとな」

「そうですね……ところで、今日の夜はどうして駄目なんですか?」

「うん? ああ……人と会うのだ」


 信長は何でもないように答えた。


「あの坂本龍馬にな。面白い話があるらしい」



◆◇◆◇



 祇園にある料亭。

 そこで信長は坂本龍馬と話していた。


「ノブ、おまんに聞かせたい話があるぜよ!」


 やや興奮した様子で坂本は、米粒を飛ばしながら信長に言う。

 彼からやや離れながら「なんだその話とは」と冷静に問う。


蝦夷地えぞちを開拓するぜよ! 浪士たちの力を使うて!」

「蝦夷地……? 北の島のことか?」

「ああ! 日本が豊かになる! 浪士たちの争いが無くなる! 良いこと尽くめぜよ!」


 いまいち全容が掴めないが、よくよく聞いてみると信長も興味が持てた。

 要は蝦夷地には広大な土地があり、海産物も多く取れるし、外国で行なわれる畜産ちくさんもできるらしい。

 信長の明晰めいせきな頭脳が無ければ、坂本の説明になっていない話は理解できなかっただろう。


「ノブも隊士を引き連れて、蝦夷地に行かんか?」

「悪くない話だが……今は遠慮しておこう」

「何故や?」

「近藤や土方から目を離せん。あやつらの面倒を見ないとな」


 坂本は「まるで赤子の世話しちょるみたいだな」と笑った。


「ま、せがれと同じ年齢だからな。あやつら、儂がいなくなったら危ないぞ?」

「同感じゃき……それと、おまんのしちょる軍事演習は何かの書物で知ったんか?」


 信長は以前、坂本にその話をしていた。


「あれは儂独自の考えだ。銃が連続で撃てたら隊列など組めん」

「道理じゃの」

「だから狙いを定められない散兵で戦わねばならん」


 坂本は「刀の時代は終わったんじゃな」と頷いた。

 会ったときに短銃を持っていたのだから気づいていたのだろう。


「しかし抜刀隊が有効なときもあるぞ。砲兵に対してはな」

「適材適所ちゅうやつじゃな……そうじゃ、おまんに渡したいものがあるき」


 茶色の長い包みを信長に手渡す坂本。

 中を開くとそこには小銃が入っていた。

 よくよく見ると新品だった。


「ほう……これは最新式の銃か」

「スナイドル銃。施条銃しじょうじゅうで銃身にらせん状の溝があるき。弾が遠くへ飛ぶんぜよ」

「よく考えたものだ……」


 信長は「少ないが受け取ってくれ」と五両出した。

 坂本は「ありがたくもらっとくきに」と懐に仕舞った。


「ノブは銃好きじゃの」

「昔から珍しいものが好きだった。それと奇矯な人間も好きだ」


 信長は坂本に言う。


「だからおぬしとこうして食事している」

「あははは。喜んでええのかの?」

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