夜半のことである。
すっかり暗くなった京の町。
四人の男が呼吸を落ち着かせていた。
彼らはこれから――人を殺す。
その緊張と興奮を沈めなければならない。
宿屋にいるのは二人。それも彼らが所属している組織にとって邪魔な存在だった。
確実に殺さねばならない。
失敗は絶対に許されない。
「御免。我らは
応対したのは
怪訝に思いながらも彼は「二階におります」と四人に背を向けた――素早く一刀の元、斬られる。
どたん! と派手に音を立てて倒れるが――二階から物音はしない。
四人は音を立てず、素早く階段を上って――
「坂本先生、おられますか?」
声をかけると「おう」と返事があった。
四人は左右に分かれて――
「……遅かったな」
「なっ――」
襲撃者の一人が驚くのは無理もない。
顔を知っている男だったからだ。
そして襲撃すべき男――坂本龍馬がいない。
「奇妙なことがあるものだ」
薄暗い部屋。そこで彼は銃を四人に向けながら独り呟く。
「死んだはずの男が、死ぬはずだった男を救うこととなるとは。現は面白いものよ」
「き、貴様は……!」
襲撃犯の一人が口を開け閉めしながら、その男に向かって喚いた。
「何故、ここにいる!? 新選組総長――」
そのとき、月明かりが部屋に差し込んだ。
男の顔が露わになる。
初老の男だが若々しくも見えた。髭を蓄えており、老練な策士に見えた。あるいは百戦錬磨の武将にも見える。凛々しい顔立ちで整っていて、特に爛々とした目が印象的だった。
彼は赤地に黒のダンダラ模様の羽織を着ていた。その姿は地獄より来た魔王のようだった――
「――織田信長!」
襲撃者が男――信長の名を叫んだ。
信長は「何故ここにいる、か」と繰り返した。
「儂にも分からんよ――帰ってきた理由などは」
◆◇◆◇
山南の死から数か月後――
「良いか?
信長の指示で新選組隊士たちは
それを他の隊士が銃に見立てた木の棒で警戒する。
訓練している場所は
信長は状況を確認する。散兵となった隊士が山を登りかかしに近づいていく――しかし銃を構えた防衛側の隊士に撃たれて――全滅してしまう。
信長はよく通る声で「全員、戻ってこい!」と命じた。
すぐに隊士二十人――全員、信長が隊長を務める六番隊隊士だ――が整列した。
「山野。どうして全滅したのか、理由を述べろ」
攻撃側の指揮者だった山野八十八が「単調な攻撃だったからです」と背筋を伸ばして答えた。
「こちらに銃がないのも理由です」
「おぬしは銃を持った隊士を一人倒している――何故、その銃で他の者を援護してやらぬ?」
「あっ……」
思いつかなかったようで、山野は蒼白となった。
次に「吉村。おぬしはどう考える?」と信長は防衛側の指揮者、吉村貫一郎に訊ねる。
「どうして刀しか持たない者が銃を持った隊士を倒せたのか?」
「配置場所の視界が悪かったと思われます。確認したところ、死角が数か所ありました」
「ならばそこには死角を埋められるように数名配置するべきだった」
信長は訓練を自分の隊に課していた。
しかし場所が神社なので刀や銃を持ち込むことができない。
だから木刀や木の棒を使っての模擬戦をしていたのだ。
また訓練だけではなく、隊士一人一人にどう戦えば良かったのかと考えさせていた。
いわゆる戦闘的頭脳を鍛える目的だった。
いざというとき、どう対処すれば己が有利になる方法を考えさせる――
「よし。今日はここまで。水をきちんと飲んでおけよ」
信長が解散を告げると隊士たちに
口調こそ荒くなかったが、厳しい訓練であることは変わりない。
剣術や銃の稽古とは違って頭も使うので疲労度も高い。
「山野、吉村。お前たちは残れ」
二人を神社の奥に連れてきて「どうだ、六番隊は?」と訊ねる。
「総長のおっしゃる散兵攻撃はできるようになりました。しかし、全滅しやすいです」
「であるか。やはり刀だけでは突破できぬ……そろそろ攻撃側にも銃を持たせるか」
山野の発言を受けて訓練内容を見直す信長。
それに対して「どうして初めから銃を持たせなかったんですか?」と吉村が訊ねる。
「理由はいろいろあるが、隊士に銃の重要性を感じさせることだ」
「……そうですね。銃の重要性は美しい私にも叩き込まれました」
信長は山野の言葉に頷いた。
それから今後の訓練内容を確認し、三人は屯所――西本願寺へ戻った。
信長が自室で休もうとしたとき「ノブさん。ちょっといいですか?」と話しかけられた。
振り返るとそこには一番隊隊長の沖田総司がいた。
「どうした沖田。稽古なら付き合わんぞ」
「そうじゃなくて。最近、平助が元気ないんですよ」
藤堂平助が江戸から戻ったのは数日前である。
彼は山南の死を自分の責任だと感じていた。
「仕方なかろう。経緯を鑑みればな」
「私、平助を誘って遊びに行こうと思っているんですけど、ノブさんもどうですか?」
「今日の晩以外ならな」
「では、明日はいかがですか?」
沖田の提案に信長は「いいだろう」と頷いた。
「あやつにも山南の言葉を伝えてやらんとな」
「そうですね……ところで、今日の夜はどうして駄目なんですか?」
「うん? ああ……人と会うのだ」
信長は何でもないように答えた。
「あの坂本龍馬にな。面白い話があるらしい」
◆◇◆◇
祇園にある料亭。
そこで信長は坂本龍馬と話していた。
「ノブ、おまんに聞かせたい話があるぜよ!」
やや興奮した様子で坂本は、米粒を飛ばしながら信長に言う。
彼からやや離れながら「なんだその話とは」と冷静に問う。
「
「蝦夷地……? 北の島のことか?」
「ああ! 日本が豊かになる! 浪士たちの争いが無くなる! 良いこと尽くめぜよ!」
いまいち全容が掴めないが、よくよく聞いてみると信長も興味が持てた。
要は蝦夷地には広大な土地があり、海産物も多く取れるし、外国で行なわれる
信長の
「ノブも隊士を引き連れて、蝦夷地に行かんか?」
「悪くない話だが……今は遠慮しておこう」
「何故や?」
「近藤や土方から目を離せん。あやつらの面倒を見ないとな」
坂本は「まるで赤子の世話しちょるみたいだな」と笑った。
「ま、せがれと同じ年齢だからな。あやつら、儂がいなくなったら危ないぞ?」
「同感じゃき……それと、おまんのしちょる軍事演習は何かの書物で知ったんか?」
信長は以前、坂本にその話をしていた。
「あれは儂独自の考えだ。銃が連続で撃てたら隊列など組めん」
「道理じゃの」
「だから狙いを定められない散兵で戦わねばならん」
坂本は「刀の時代は終わったんじゃな」と頷いた。
会ったときに短銃を持っていたのだから気づいていたのだろう。
「しかし抜刀隊が有効なときもあるぞ。砲兵に対してはな」
「適材適所ちゅうやつじゃな……そうじゃ、おまんに渡したいものがあるき」
茶色の長い包みを信長に手渡す坂本。
中を開くとそこには小銃が入っていた。
よくよく見ると新品だった。
「ほう……これは最新式の銃か」
「スナイドル銃。
「よく考えたものだ……」
信長は「少ないが受け取ってくれ」と五両出した。
坂本は「ありがたくもらっとくきに」と懐に仕舞った。
「ノブは銃好きじゃの」
「昔から珍しいものが好きだった。それと奇矯な人間も好きだ」
信長は坂本に言う。
「だからおぬしとこうして食事している」
「あははは。喜んでええのかの?」