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第31話信長、計画を暴く

 桝屋に忠蔵が逃げ込んだという事実。

 そして前々から新選組が監視対象としていたことから、近藤は武田観柳斎と隊士六名に命じて、翌日の早朝に踏み込ませた。


 結果として尊攘派の志士たちとの書簡しょかん、そして隠し扉に仕舞われていた武器を発見することができた。

 しかし何より重要だったのは――桝屋喜右衛門を捕らえることができたことだ。

 すぐさま桝屋喜右衛門に尋問――否、拷問を開始するが当人は黙秘もくひを続けていた。


「俺の勘じゃあいつは何か知っていやがる。少し手荒なことをするぜ」


 土方は暗い目つきのまま、蝋燭ろうそく五寸釘ごすんくぎを持って蔵にいる桝屋喜右衛門の元へ向かう。

 近藤は厳しい顔つきで「宮部鼎蔵は逃がしたな」と呟く。


「それにしても、信長さん大手柄だった」

「まあな。しかしあんな下僕とつながっていた男が大物だとは分からなかった」


 信長は桝屋から押収した書類の束を見る。

 ところどころぼかして書いてある――見る者が見ないと分からないように暗号化されているのだ。

 しかし『暗号化されていない』部分も存在した。おそらく急ごしらえだったため、それに適する符丁ふちょうが無かったのだろう。


「気になる点がいくつかあるな。『市中の混乱に乗じて』や『計画実行の好機』など書かれている」

「ええ、私も気になっています」


 近藤も考え込む中、慌てた様子で「大変です!」と武田がやってきた。


「何事だ?」

「隠し扉にあった武器が……全て無くなっておりました!」


 近藤は思わず信長を見た。

 信長はあくまでも冷静に「おそらく桝屋の同志が運び出したのだ」と言う。


「ま、隊士七人で運び出せる量ではなかったと聞く。仕方あるまい」

「申し訳ございません……」


 近藤は険しい顔つきで「武田、土方を呼んできてくれ」と命じた。


「話したいことがあると。拷問役も代わってやってくれ」

「承知しました」


 武田が去ると「あの者は優秀だが、少し手抜かりがあるな」と信長は笑った。


「けれども、良い手抜かりだった。褒めてやりたいくらいだ」

「どういう意味でしょうか?」

「決まっておろう。危険を冒してまで武器を回収したということは――」


 信長はにやにやしながら、楽しそうに言う。


「――これに書かれている計画の実行が近いというわけだ。武器が今すぐ必要なわけだからな」



◆◇◆◇



 近藤と土方、そして信長と山南の四人で緊急の会議が行われた。

 開口一番に「桝屋は自白しなかった」と残念そうに言う。


「ありゃ死んでも口を割らねえな」

「優しいのうおぬしは。ならば寸刻すんきざみでもしてだな――」

「てめえみたいな化け物と一緒にするな」


 そう言っている土方だったが、五寸釘を足の裏に刺して蠟燭を垂らす拷問を先ほどやったばかりである。

 山南が「自白を待っている余裕もありません」と近藤に告げる。


「武器を奪い返されたのですから。猶予はありません」

「信長さんと同じ考えなのか」

「そうです。そして問題は――計画の内容です」


 近藤は「これは前々からある、馬鹿げた計画なんだが」と言う。


「長州藩が御所に火を放ち、その混乱に乗じて帝を奪う……」

「ありえんな。だろう? 土方」


 信長の否定に「まったくそのとおりだ」と土方も同調した。


「そんな真似をすれば世間の評判はがた落ちだ。それに成功できるわけがない」

「今は湿気が多い夏。火を点けても燃え広がらんしな」


 土方と信長の言葉を聞いて山南は「……少し気になります」と呟く。


「なんだ山南さん。あんたはこの計画が本当だと思うのか?」

「いや……この『市中の混乱に乗じて』という言葉だよ、土方くん」


 山南は顎に手を置いて考え込む。

 それを黙って三人は見守る。


「……皆さんも考えていただきたい。私がもし、さっきの荒唐無稽な計画を行なうとしたら、こんな書き方はしないんだ」

「……言われてみればそうだな」


 信長も書簡を見つつ「どうも不自然だ」と言う。


「儂なら『市中を混乱させて』と書く。わざわざ『乗じて』などとは書かん」

「そう。信長さんの言った通りです。では、この書き方をする場合を考えてみましょう」


 一番に思いついてハッとしたのは近藤だった。


「まさか、起こる予定の混乱に乗じて――何かをするのか?」

「……なるほどな。それならこっちの『計画実行の好機』って部分にもつながる」


 土方は納得しつつも「起こる予定の混乱ってなんだ?」と首を捻った。


「こいつらが起こす混乱じゃねえんだろ?」

「そこなんだが……私にも分からない」


 近藤たち三人が考え込む中、信長が「……分かったぞ」と蒼白な顔で言う。


「なかなか小賢しいことを考える」

「信長さん、分かったんですか?」

「近藤、そして二人にも訊く。混乱はどうやって起こる?」


 その問いに土方が「そりゃあ、大勢の人間が――」と言いかけて止まる。

 それで近藤と山南も気づいた。


「そうだ。大勢の人間が集まるきっかけとは――祇園祭ぎおんまつりのことだ」


 祇園祭とは京で行なわれる大規模な夏祭り――と説明すれば陳腐に思えるが、京の町が重さで沈むのではないかと思われるぐらい人が集まるのだ。


「数千人が集まる祭りで、不逞浪士が騒ぎを起こせば、混乱どころではない――暴動が起こる」

「そのときに御所に火を点けて騒ぎを起こせば――簡単に帝を奪える!」


 近藤は「隊士を集めよう!」と立ち上がった。


「会津藩にも協力を要請する! 新選組総出で宿を見て回るぞ!」


 土方は「すぐに知らせに行く」とその場を去った。

 近藤も出動の準備をすると出て行ってしまった。

 残された信長は山南に「全て儂らの推測だけどな」と笑いかけた。


「あの桝屋は本名すら名乗らなかった。証拠など何にもないわい」

「それでも警戒するのは悪くない判断ですよ。もし思い違いだったら、それはそれで良いことなんですから」

「であるか。山南はここに残るのか?」


 山南は「ええ。誰かがここを守っていなければいけませんから」と寂しげに笑う。


「山野は残しておく。こき使ってやれ」

「信長さんも行くんですか?」


 信長は懐から短銃を取り出した。

 手の中でくるりと回す。


「当たり前だ。近藤も出動するのだぞ。行かねばならん」

「……本当に羨ましいですよ」


 山南は「おそらく、大立ち回りが予想されます」と静かに言った。


「そんな大捕り物をしたら新選組は大きく名を轟かす――それに立ち会えないはとても残念です」

「……ふひひひ、気を落とすな。屯所の守りも重要だ」


 信長は「山野だけではなく、山崎にも命じておく」と言う。


「山野にはおぬしを死んでも守れと。山崎にはおぬしを無事なところまで逃がせとな」

「あはは。士道不覚悟しどうふかくごで切腹になりますよ」

「ふん。重要書類を持って逃げれば適用されぬ」


 山南は自分がいずれ死ぬと分かっている。

 信長も承知しているはずだ。

 だけど逃がして生かそうとする――その気持ちが嬉しかった。


「ありがとう。信長さん」

「……鬱陶しい。礼など言うな。武運を祈れ」


 それから新選組は数人に別れて屯所を出て行った。

 全員で出動すれば計画の実行犯に気づかれる恐れがあったからだ。


 その際、ダンダラ羽織は着ない。

 鎖帷子も鉢金も付けない。

 それらは荷馬車に乗せて集合場所に運ばれた。


 そして――全員が祇園の集合場所についたのは夜のことだった。

 近藤たちは会津藩の兵を待っていた――しかし、なかなか現れない。


「どうする、近藤さん」

「……俺たちだけでやろう」


 土方の問いかけに近藤は迷いなく答えた。


「会津藩は二千以上の人数を動かせる。その分、時間もかかり過ぎる」

「だが、この人数で行けるのか?」

「俺たちはそのための鍛錬を積み重ねてきたはずだ――トシ」


 近藤が優しげに微笑んだ。

 これから修羅場が始まるというのに。

 土方は苦笑しながら「分かったよ」と応じた。


「そんじゃ、行くか」

「ああ、行こう!」


 信長はそんな二人の様子を興味深げに見つめていた。

 そして思い出す――若き日の無鉄砲だった自分を。


「ふひひひ。まったく、現は面白いものよ」

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