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第30話信長、拷問をする

 新選組屯所。

 そこには近藤と土方、井上と信長が一室に集まっていた。


「あの尊攘派の大物、熊本藩士の宮部鼎蔵みやべていぞうの下僕を捕らえたと? 本当ですか、源さん」

「ああ、間違いありませんよ副長」


 土方の問いに井上はやや緊張した面持ちで答える。

 井上は宮部鼎蔵をずっと監視していて、その下僕の顔も記憶していた。

 その男が肥後ひご藩邸から出てきたので捕縛したようだ。


「その者の名は?」

忠蔵ちゅうぞうといいます、信長さん」

「であるか。ならばその者から宮部とやらにつながるきっかけが作れるかもしれぬ」


 難しい顔で考える信長。

 すると近藤が「最近は不穏な噂が流れている」と腕組みをした。


「御所に火を点けて帝を攫うなど……」

「近藤さん。あくまでも噂だ。いくらなんでも尊皇攘夷を謡っている奴らがそんなことするわけがねえ」


 土方の主張を近藤も井上も、信長も反論しなかった。

 彼ら全員、同じくそう思っているからだ。


「それで、忠蔵とやら何か吐いたのか?」


 信長が尋問――否、拷問の成果を聞くが「まだ黙ったままです」と井上が答えた。


「島田たちが頑張ってくれていますが、あの者、殴っても蹴っても一言も言いません」

「なに? 殴る蹴る? 優しいのう、源は」


 信長は井上の肩を叩いてにこやかに笑う。

 近藤と土方は顔を見合わせた。


「それでは口を割らすのに年が越えるぞ。ここはわしに任せろ」

「え、あ、はあ……何をするんですか?」

「言っても良いが……後悔するぞ?」


 井上は真っ青になり「いえ、やめておきます」と首を振った。

 近藤は「信長さん。拷問をするなとは言いません」と釘を刺しに行く。


「でも死なせるのはなしですよ」

「うつけが。儂が殺すような失敗するか? きちんと生かしておくわい」

「……そっちのほうが怖えよ」


 土方の呟きに井上も「そうですね」と同調した。

 信長は「要は宮部鼎蔵が潜んでいる根城ねじろを突き止めればいいんだろ?」と言う。


「簡単だわい。すぐにでも突き止めてやるぞ」

「……無茶すんなよ。口を割らせるだけだ」


 土方が念を押すと「口を割らせる?」と信長は何故か爽やかに笑った。


「口を割らせるなどせんわ。もっと効率のいいやり方がある」

「……口を割らせなくて、どうやって突き止めるんですか?」

「源。やはり知りたいのか?」


 井上は「要らぬことを言って申し訳ございません!」と平伏した。

 余程聞きたくなかったのだろう。


「であるか。よし、源。まずは拷問のやり方を変えろ」

「どのようにですか?」

「切り傷や擦り傷をなるべく作れ。肌を痛めつけるのだ」

「はあ……」

「それと調理場に行ってくる。半刻したら蔵へ行くからな。それまでにやっておいてくれ」


 信長は意気揚々と鼻歌交じりに部屋を出て行く。

 井上は「なんであんなに楽しそうなんですかね?」と呟いた。


「知りたくもないです……近藤さん、ちょっとこの後半刻ほど席外すぜ」

「うん? 何か用事でもあるのか?」

「いや。山南さんが最近元気なくてな。顔を見るだけだ」



◆◇◆◇



 そして半刻後。

 屯所にある『いろいろな用途』で使われる蔵の中。

 信長は弱っている忠蔵を前に「そろそろ白状したらどうだ?」と訊ねる。


「…………」


 忠蔵は黙って信長を睨みつける。

 それは拷問に遭った者特有の暗い目つきだった。


「よし。ならば次の拷問に移ろう。島田、荒縄でこやつを縛れ。逃げられぬように強くな」

「はい、分かりました」


 新選組でも巨体な島田は忠蔵を威圧しながら、持ち前の怪力で全身を縛り上げる。


「……ぐうう!」

「おいおい。その程度で音を上げるなよ? ……これからじゃないか」


 忠蔵はどんな痛みでも耐えてやると決めていた。

 しかし――信長の笑みを見てゾッとした。

 ここから逃げ出したいと心の底から恐怖してしまった。


「島田、引きずっていけ」

「はあ。どちらに連れて行くんですか?」

南禅寺なんぜんじだ。あそこなら人が大勢集まるだろう」


 忠蔵を無理やり引きずって――さらに擦り傷が増えた――南禅寺まで来た信長と島田。

 そこには平隊士が三名ほどいて、準備をしていた。


「よし。それではこれより――拷問を始めよう」


 信長の妙に楽しげな声に忠蔵だけではなく、島田や平隊士も背筋が凍った。


「この門に吊るせ」

「良いんですか?」

「寺の者の許可は取ってある。何も問題はない」


 島田は「いえ、そういうことではなくて」と困った顔になる。


「今日、物凄く暑いですよ?」


 京は春が短く夏が長い。

 しかも盆地であるため湿気が多く、じめっとした不快な暑さが纏わりつく。

 そんな気温で拷問を受けた者を吊るすとなると……


「だから吊るすのではないか。おぬしも馬鹿なことを言うのう」

「……はい。じゃあ吊るします」


 忠蔵に縄をくくりつけて、門に吊るし上げる。

 通行人たちがなんだなんだと足を止めた。

 信長はじっとそれらを観察する。


「……ひい、ひい、ひい」


 忠蔵から悲鳴のようなものが漏れる。

 信長はにやにやしながらそれを見ている。

 島田は信長にかなり引いていた。


「暑いのう……どれ、水でもかけてやるか」


 信長は水瓶を平隊士に用意させた。

 そして「島田。あやつにかけてやれ」と言う。


「死なれては困るからな」

「案外優しいんですね……それ!」


 島田は水瓶を抱えて思いっきり忠蔵にかける――


「ぎゃああああああああああ!」

「な、なんだ!?」


 途端に忠蔵が悲鳴を上げる。

 拷問を行なっても声一つ漏らさなかった男が苦痛で叫んでいた。


「こ、この水、毒でも仕込んでいるんですか?」

「毒など仕込んでおらんわい。塩だ」


 信長は楽しそうに解説した。


「尾張国は海があってな。怪我したときに入ると酷く痛んだものだ。ま、塩水は傷口に入って広げるからな」

「……前もって言ってくださいよ。驚くじゃないですか」

「だって、おぬしの驚く様が見たくて」


 島田は呆れながら「悪戯小僧じゃないんですから」と言う。

 その間も、忠蔵は悲鳴を上げ続けていた。


「お。そうだ。儂は少し休むから。後は手筈通りにな」

「はい。かしこまりました」


 信長は去る際に「忠蔵、水要るか?」と声をかける。

 忠蔵は首を横に激しく振った。


 島田と平隊士だけになると、そこに女が近づいてきた。

 油断なく「何者だ?」と島田が女に問う。

 身なりを見ると商人に仕える女中みたいだ。


「お疲れ様にございます。あの、あの方をどうか放してあげてもらえませんか?」

「ほう。あの者と知り合いか?」

「ええ、そうです……こちらつまらないものですが」


 そう言って渡してきたのは五両――女中に出せる金額ではない。

 島田は平隊士たちと顔を見合わせて「まあいいだろう」と頷く。


「俺たちも悪趣味と思っていたからな。けれど、あいつは解き放すだけだ。手助けしたら同罪とみなす」

「分かりました。それでけっこうです」

「一応、あいつの姿が見えなくなるまでここにいてもらう――よし、解放してやれ!」


 島田の命令で忠蔵は縄を解かれた。

 ぶるぶると震えながら、その場をゆっくりとした足取りで去っていく。


「それでは、頼んだぞ――山崎」

「お任せあれ」


 それを離れた場所から見ていた信長と監察方の山崎。

 全ては打ち合わせ通りだった。

 口を割らないのであれば、本人に根城へ案内させればいい。

 信長にしてみれば簡単なことだった。


 炎天下に照らされ、酷い拷問を受けた忠蔵はふらふらと前へ進む。

 一種の思考停止状態にある彼は、何の考えも無く、主のいるところへ向かう。

 その後ろで山崎は尾行していた。


 そうして入ったのは――隠れ家だった。

 店の名は桝屋ますや生業なりわいは炭屋である。


「以前より、怪しいとされていたな……すぐに信長はんに報告や」


 山崎はすうっと気配を消して人ごみに紛れ込む。

 後には何の痕跡も残さない。


 さて。この桝屋の主人である桝屋喜右衛門ますやきえもんは偽名を使っていた。

 その者の名は――古高俊太郎ふるたかしゅんたろうという。

 彼もまた、勤皇志士であった。

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