時は十一月。
信長は新選組と共に大坂に来ていた。
その中には局長の近藤や副長の山南などもいた。
無論、信長の部下である山野や吉村も随行していた。
寒空の中、揃いの羽織を着て歩く姿は芝居のように恰好良かったけど。
大坂の住民からは冷ややかな目で見られていた。
「なんや。あのけったいな連中は……」
「やめとき。あれは壬生狼や」
「ああ、あの……『鴨も食い殺す壬生狼』か」
「関わるとろくなことあらへん……京どころか、江戸へ帰ってほしいわ」
囁き声ではなく、わざとこちらに聞こえてくるように喋る住民たち。
信長は「酷い言われようだのう」と近藤と山南に話しかけた。
「数人、撃ち殺すか?」
「やめてくださいよ。治安維持のために来ているのに。乱してどうしますか」
穏やかに返す山南。
それに近藤も「彼らの気持ちも分からなくもない」と肯定した。
「所詮、我々は得体の知れない田舎侍。そして――人斬り集団となっている」
「近藤さん……」
「なあ、山南さん、信長さん」
近藤は溜息交じりに自嘲する。
「私たちはいつになったら、尊皇攘夷ができるのだろうか?」
近藤たちが京へ上洛した目的は間違いなく尊皇攘夷である。
長州藩や薩摩藩といった各雄藩と異なるのは、佐幕であるかどうかだ。
だとするならば、同じ志を持つ者と戦っていることとなる。
単純に同じ尊皇攘夷とくくれないのが非常に難しいのだが。
それでも近藤は考えていた。
自分たちは何をしているのだろうと。
大坂町奉行所に挨拶をし、一行は宿所で小休止した。
近藤は自室に山南と信長を呼び、普段なら話せないことを語り合う。
「
対して「方針は土方と山南に相談しろ」とすげない様子の信長。
「そんなことを言わずに。お願いします」
「ではまず、山南から話せ。何か案があるのだろう?」
信長が話を振ると、山南は少し考えて「現在の状況は近藤さんも含め、私たちにとってしてみれば不本意なことですね」と言う。
「我々は攘夷を行ないたい。しかし幕府は新選組に京の治安維持を期待している。そこに問題があります」
「私もそう思います。けれど会津藩や幕府の命令には従わねばなりません。治安維持が攘夷につながるようになるには……」
信長が「治安維持が攘夷につながるわけないだろ」と指摘した。
「治安維持は内政、攘夷は外交か戦争だ。畑違いもいいとこだ」
「それはそうですが……」
「なら、こういうのはどうでしょうか?」
山南が至極真面目な表情で言う。
「新選組の役割を治安維持だけではなく、もっと大きく拡大するのは?」
「拡大、ですか?」
「ええ。元々、新選組は会津藩の精鋭部隊の名です。つまり軍隊という側面もある」
信長は「ああ、警邏部隊から軍事組織になるのか」と納得した。
その言葉に山南は首肯する。
「攘夷――外国との戦争になるのか分かりませんが、それでも長州藩などと戦う可能性があります。そのためには刀以外でも戦えるようにならねば」
「銃や火器を扱えたほうができることも広がるしな」
「信長さんの言うとおりです。新選組を大きく強くするには、それが必要です」
近藤は腕組みをして「会津藩に頼めば……銃や大砲を貸してくれるかもしれない」と結論付けた。
「山南さんの言うとおりです。京に帰ったらさっそく提案してみます」
「ありがとうございます」
「ふひひひ。なんだ、近藤。やることができたら楽しそうではないか」
近藤は己の顔を手で触る。
自然とにやけていた。
「軍の調練なら儂にもかませろ。なに、手慣れたものだ」
「信長さん……心強いです」
「それと、つくづく思うが……土方と山南は得難い男だな、近藤よ」
唐突に褒められた山南は怪訝な表情になる。
近藤は「頼りになりますが……どういうことでしょうか?」と言う。
「山南が先のことを予想し、土方が目の前のことを解決する。良き組み合わせではないか」
「そうですね。信長さんの言うとおり……いえ、少し違いますね」
山南は「私は土方くんのように即断即決ができない」と語る。
「しかし、逆に土方くんは遠い先のことを予想するのは得意ではない」
「だから良い組み合わせなのだ。互いに苦手なことを補い合っている。なあ、近藤」
近藤は信長の目に羨望が宿っていることに気づく。
「絶対に二人を切るなよ。どんなことがあっても守ってやれ」
信長の助言に近藤は姿勢を正した。
「無論、そう思っております」
◆◇◆◇
休んだ後、近藤と山南は鴻池の元へ挨拶に行った。
代わりに信長は隊士を引き連れて市中の見廻りをした。
決められた時刻に宿所に戻った信長たちが一息ついていると「大変でございます!」と飛び込んできた者がいた。
見ると鴻池の手代の者である。顔を知っていた信長は「何があった?」と訊ねる。
「実は、店に不逞浪士が! 近藤さんに隊士を寄越すように言われました!」
隊士全員が緊迫し、周りがただならぬ空気を化す。
しかし信長はあくまでも冷静に「その不逞浪士は何人だ?」と訊ねる。
「さ、三人です!」
「そのことは近藤にも知らせたのか?」
「はいそうです!」
隊士たちは安堵した。
たった三人ならば近藤たちならなんとかできる。
けれど――信長はあくまで冷静だった。
「本当に三人だったのか? 鴻池は豪商だぞ? そんな少人数で強請に来たのか?」
「で、でも、この目で三人――」
「おぬしは慌てている。それに店の中に入ったのは三人だが、外に仲間がいるかもしれないではないか」
「あ……」
「おぬしは表から出たのか?」
蒼白となった手代は小さな声で「う、裏からです……」と答えた。
「――急ぎ向かうぞ! 準備ができた者から走れ! しかし一人だけにはなるな! 二人以上で行動せよ!」
信長の号令に全員が慌てて動いた。
「山野、吉村! 向かうぞ!」
信長は外目からは冷静だったが、嫌な胸騒ぎをしていた。
まるで
信長たちが鴻池の店に着くと近藤が三人と斬り合っていた。
地面に横たわる一人の男――不逞浪士だ。近藤が斬ったのだろう。
「近藤! 助けに来たぞ!」
よく通る大声で信長が怒鳴ると、不逞浪士たちは分が悪いと思ったのか、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「信長さん! 中で山南さんが! 平隊士は逃げた者を追え!」
近藤は息を切らしながら店に入ろうとして――動きが止まる。
「どうした!?」
「……物音がしない。斬り合っているはずなのに!」
「――山南!」
信長が扉を乱暴に開ける。
そこで見たものは――悲惨な現状だった。
血だまりや血しぶきが店中を汚していた。
不逞浪士の死体が四人。
彼らが倒れている中、荒い呼吸を続けている、大けがを負った男――
「しっかりしろ! 山南!」
信長は血で汚れようが構わず、中に入り山南を抱いた。
近藤は「医者を呼べ!」と大声で叫んだ。
「意識がない……なんてことだ……」
呼吸をしているものの、ほとんど気絶している。
刺し傷や切り傷が酷い。血も大量に流していた。
この状態になるまで、四人の男と斬り合ったようだ。
「近藤! 山南に話しかけろ!」
信長の必死な声で山南が危ういと感じた近藤。
素早く駆け寄って山南の手を握る。
「山南さん、しっかりしてくれ! あなたが必要なんだ!」
信長は唇を嚙み締めた。
隊士を数人付ければ良かったと後悔する。
山南はその後、応急手当を受けた後、医者の元に運ばれた。
その後姿を近藤は手から血がにじむほど握りしめて見送った。
信長は、そんな近藤にかける言葉が見つからなかった――