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第15話信長、策を語る

 芹沢鴨たち水戸派によって、生糸問屋の大和屋が焼き討ちに遭った。

 そのことについて申し開きをせよと、壬生浪士組の上にあたる会津藩の公用方こうようがた広沢富次郎ひろさわとみじろうに近藤は呼び出された。


 京にある会津藩の藩邸。

 近藤はやや緊張しながら目の前の広沢に頭を下げた。


「こたびのこと、申し訳なくございます」

「……お前たち試衛館派の者が行なったことではない。それは重々分かっておる。しかしだ、けじめは取らねばならん」


 広沢は見た目が狐のような顔つきだが、厳しさは鬼のようだと内外に評されていた。

 そんな彼だが、何故か壬生浪士組には甘かった。正確に言えば浪士組の中で近藤だけに配慮を見せていた。清廉潔白である近藤の人柄を気に入っていたからだろう。


 けれど先ほどの言葉から、何かしらの対策はしなければならないと考えていた。

 壬生浪士組――特に芹沢の評判は悪い。

 京の治安維持のための組織であるのに、住民を不安がらせるのは本末転倒だ。


「なあ、近藤。芹沢を追い出すことはできぬか?」

「芹沢局長は壬生浪士組の筆頭。それに同志でもあります。いかに広沢様のご命令でもできませぬ」


 きっぱりと断る近藤。

 それだけは譲れないとばかりの態度だった。

 広沢は、命令に従えば壬生浪士組の頭となれるのだが、と言おうとしたが飲み込んだ。

 それに気づかない近藤ではない。敢えて目を逸らしているのだと分かっていた。


「ならば行動を改めるように言っておけ。それが――」

「無理だろうなあ。あやつは変わらぬよ」


 口を挟んだのは近藤の隣で胡坐をかいている信長だった。

 広沢はあからさまになんだこいつは? という顔をした。


「あやつはあやつなりの信念をもって行動している。言葉では難しいぞ」

「信念? 商家を焼き払うことがか?」


 広沢がせせら笑うと「あの商家は不逞浪士をかくまっていた」と信長は応じた。


「長州が主な取引相手だな。活動資金も提供していたようだ」

「だが大衆の前で大砲を放つのは、大いに問題があるだろう」

「ふひひひ、馬鹿なことを申すな。大砲なんぞ、貧乏な寄合の儂らが持っていると思うか?」

「さっきから無礼な物言いだが、お前は何者なんだ?」


 少々苛立った口調になる広沢。

 近藤は「失礼いたしました」と代わりに頭を下げてから紹介する。


「この者、浪士目付役の織田信長と申します」

「織田信長? その名は真か?」

「ああ、そうだ。偽名ではない」


 自信満々に答える信長に広沢は胡散臭そうな目線を向ける。


「親が付けた名には思えぬが」

「そのとおりだ。親父殿や母上が名付けたわけではない。沢彦たくげんという坊主が命名したのだ」

「沢彦?」

「あやつは他にも政秀寺せいしゅうじやら岐阜ぎふやら考えた。知らぬわけではあるまい?」


 会津藩の人間に濃尾のことを言われてもピンと来ない。

 近藤は「気になさらず、お話の続きを」と促した。


「そうだな。では織田とやらに訊く。芹沢を擁護しているが、非がないと言い切れるのか?」

「言い切れんな。芹沢はやりすぎてしまった。けれど、それに会津藩の責任がないとは言わせんぞ」


 信長は広沢に「壬生浪士組は会津藩預かりの組織と聞く」とやや高圧的に述べた。


「非正規なものだとしても、面倒を看ると決めたのなら、きちっとした資金を提供するべきではないか?」

「……会津藩の財政にも限度がある」

「それには理解を示そう。みちのくから上洛しているのだからな。ならば芹沢が商家を強請って組織を維持させる銭を都合しても、文句を言うのはおかしな話である」


 理にかなっているのかどうか判然としない言葉に広沢は黙ってしまった。

 すかさず「芹沢もあれはあれで弁えているところがある」と信長は言う。


「不逞浪士を匿う不届き者の商家のみ、銭を強請っているのだ。調べてみれば分かるがな」

「お前は試衛館派ではなく、水戸派なのか?」

「儂は浪士目付役だ。隊士たちの動向を観察するのが務めである。ま、近藤のほうが近しいがな」


 続けて信長は「かといって、芹沢たちのやり方を認めているわけではない」と断りを入れた。


「儂ならば商家が進んで金を献上するやり方を取る」

「どのような方法だ?」

「不逞浪士が金を強請ろうとするのを防ぐ。ま、用心棒だな。それを安値で行なうのだ」


 広沢は「ありきたりだな」と鼻を鳴らす。


「誰でも思いつくやり方だ」

「まあ待て。もし用心棒を断れば……十中八九、不逞浪士とつながりがあるだろう」

「つながりがあれば断るに決まっている。それも分かって当然だ」


 信長は「そこでおぬしら会津藩の出番よ」と笑った。


「不逞浪士とのつながりの証を会津藩……京都守護職に伝える。そしてその権力で商家を取り潰す」

「……正気か?」

「ああ。その店の財産を会津藩と壬生浪士組で分け合うのだ。もしくは佐幕派の商人の店にすればいい。利益の何割かを儂たちに上納すると約束させてな」


 あくどいやり方――広沢は背中に冷や汗が流れたのを感じた。

 まるで戦国大名が土地を奪うやり方だった。

 しかも土地の支配者を己の都合の良い者に挿げ替える……


「近藤、改めて訊くが……この者は一体……?」

「私も身元は分かりません。調べたのですが……」

「そのような者を、お前は信じているのか?」


 近藤は背筋を正して、広沢の目を真っすぐ見据えて、堂々と言い放った。


「ええ。全幅の信頼を置いております」


 広沢は信長と近藤の間に何があったのか分からない。

 正反対の二人なのに、信頼しているのが不思議でならなかった。

 信長のほうもそうだ。近藤という男に賭けているからこそ、この場にいるのだと広沢は考えた。


「……織田よ。ならば芹沢のやりたいようにさせておくのか?」


 この場に呼び出した理由はそのことである。

 信長のせいでまともに話せていないが、広沢が言いたいのは――


「おぬしは芹沢を排除しろと、近藤に命じたいのだな?」


 信長はちらりと横目で近藤を見た。

 彼は痛みをこらえるような顔をしていた。

 広沢は「ああ、そうだ」と頷いた。


「芹沢鴨ら水戸派を――壬生浪士組から排除せよ。方法は任せる」



◆◇◆◇



「あの織田という男。なかなかに面白い」


 信長と近藤が去った後。

 上座に座り、広沢と話しているのは、会津藩主であり京都守護職きょうとしゅごしょくに就任している、松平容保まつだいらかたもりだった。彼は奥の間で仔細を聞いていた。


「大言壮語と言いましょうか。誇大妄想が過ぎる男にて」

「混乱している世では頼もしい才覚である」


 容保は信長を高く評価しているらしい。

 広沢は「かなり危険だと思われます」と恐る恐る言う。


「先ほど語った手法など、武士の道に背くことです」

「だから彼らはやらんのだろう? 小耳に挟んだが、相撲興行などで資金を間に合わせている」

「あれを行なった経緯をご存じでしょうか?」


 広沢は大坂での事件を言っているのである。

 容保は「無論、知っている」と頷いた。


「裏であの織田が動いていたことも。なあ、広沢よ。会津藩でもあの男を調べてもらえないか?」

「先ほど、命じておきました。拙者も気になりまして」

「もし、織田信長公であったら?」


 広沢は「冗談でございますな」と返した。

 容保も「そのとおりだ」と首肯した。


「確かに冗談だ。荒唐無稽にも程がある。だが、この世に信長公がいたらと思うと……」

「味方の内は心強いですな」

「ああ。近藤たちもそう思っているだろう。だからこの場に同席させたのだ」


 容保は遠い目をして近藤に対し呟く。

 それは同情と憧憬が入り混じった複雑な目でもあった。


「お前が誠実な男であるのは知っている。だがしかし、いつの日か信長が手に余るときが来るぞ……」

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