台に置かれた植木鉢。
その正面に短銃を持った信長が立つ。
素早く構えて――ほとんど間を置かずに撃つ。
ぱあんと植木鉢が弾丸によって割れてしまった。
「お見事! 少し練習しただけなのに百発百中ですね!」
井上源三郎は褒めつつ、植木鉢を片付ける。
隣で見ていた藤堂平助も感嘆の声をあげた。
「いや、まだまだよ。動かない的に当てたところで意味はない」
信長はそう言うが自身の腕前が上がったことに喜びを感じているようだ。
「まあ人は動きますからね」
「狩りでもしたいところではある……なあ、藤堂。おぬしは暇か?」
「暇、ですけど……なんですか? その目は?」
「儂、動く的に当てる練習をしたいのだが」
「はあ……ちょっと、まさか……嫌ですよ! 的になるのは! いや、本当に……井上さん!」
信長の本気の目に怯える藤堂。
井上は「若いもんをいじめないでくださいよ」とたしなめた。
「であるか。すまぬ、藤堂。そして源」
「こ、怖かった……」
「では投げた的に当てるのはどうですか?」
井上が何気なく植木鉢の破片を投げると、信長は反射的に短銃を構えて撃った。
空中でばきっと音が鳴り、さらに細かくなった破片が地面に落ちる。
「……凄い! 当たりましたよ!」
「この程度はキンカン頭でもできるわい。儂の頃の銃よりもよっぽど扱いやすいしな」
はしゃぐ藤堂に対し、冷静な信長。
井上は「ま、人は予想もつかない動きをしますから」と破片を掃除する。
「物干し竿に的を付けて、人が動かすのはどうでしょうか」
「源、おぬしいい発想をするな」
「ありがとうございます」
藤堂は「井上さん、いつからそんなに親しく呼ばれるようになったんですか?」と問う。
「みんな
「そうであったな。いやなに、理由などない」
「私は嬉しいですよ。信長さんにそう呼ばれて」
おおらかに笑う井上に「優しいんだから」と藤堂は苦笑した。
三人はそれから、物干し竿を八木家の方に借りようと相談していた。
そこに土方が「おい、信長」と声をかけてきた。
「何用ぞ?」
「会議を始める。お前も来てくれ」
「会議? ……ああ、人数を増したいのか。よかろう」
相変わらず鋭い信長に舌打ちしたい土方。
「終わったら短銃の練習をしたいから、的をやってくれぬか?」
「てめえ……俺に死ねって言いたいのか?」
「違う。後で説明する……それでは行って参る」
井上と藤堂に別れを告げて、信長は土方の後に続いた。
「井上さん。会議ってなんですかね?」
「今朝、近藤先生が隊士の恰好について話していたから、そのことだと思う」
◆◇◆◇
井上の推測通り、議題は隊士の服装だった。
「壬生浪士組と分かるように、隊服を定めたいと思います。芹沢さん、新見さん。いかがでしょうか?」
会議の場には芹沢、新見、近藤、土方、山南、そして信長がいた。
壬生浪士組は八木邸の大広間で大事な話をするのが暗黙の了解となっている。
「俺は構わねえよ。確かに敵味方が分かったほうが戦いやすい」
「芹沢先生が賛成なら、私が反対する道理はない」
二人の局長も賛同したことから近藤はほっとした。
それから「隊服の案はあるのか?」と芹沢が言う。
「具体的には決まっていません。みんなで話し合おうと思いまして」
「なんだ、そうなのか。だけど近藤よ。どうして隊服なんて決めようと思ったんだ?」
再度の芹沢の問いに「私は
「それで思いついたんです。揃いの羽織があると恰好いいと」
「単純だなあ。ま、それなら忠臣蔵で行こうじゃねえか。ダンダラ模様の羽織……ダンダラ羽織ってやつだ」
近藤は「よろしいんですか!?」と喜色満面となった。
信長は「忠臣蔵とはなんだ?」と土方に問う。
「昔、
「歌舞伎? なんだそれは」
「はあ? 歌舞伎知らねえのか?」
そこで山南が「信長さんの頃はまだなかったはずだよ」と優しく指摘した。
「江戸に都が築かれてからの芸能だ。知らなくて当然だと思う」
「であるか。一度見てみたいものだ」
芹沢は「上方の歌舞伎より江戸のほうが数段上だ」と言い出す。
「江戸に向かう機会があったら、俺が見せてやるよ」
「ほう。気前がいいな」
山南が「話が逸れてしまったので戻すと」と軌道修正した。
「隊服はダンダラ羽織でよろしいでしょうか」
「ああ。異存ない」
近藤が満足そうに言うと「その羽織の色は何だ?」と信長が問う。
「黒地でダンダラの部分は白です」
「なるほど。ならば討ち入りは深夜に行なわれたのか」
信長の言葉に「よく分かりましたね」と近藤が驚く。
先ほどの土方の説明では昼夜など分からないはずだ。
「その色合いだと夜のほうが目立たん。おそらく少数による討ち入りだろうな」
「……何か、気にかかることがありますか?」
山南の問いに「敵味方分かったほうが良いのだろう?」と問う。
「もっと目立つ色のほうが良いのでは?」
「それもそうだな。おい、近藤。色は変えるぞ」
「芹沢さん、私は忠臣蔵のままのほうが好きなのですが……」
芹沢は「そのままだったら面白みもねえだろ」と言い出す。
「京でひと花咲かせようってんだ。信長の言うとおり目立ったほうがいいだろ」
「……分かりました」
渋々納得した感じの近藤。
土方が「では、何色にしますか?」と全員に問う。
「儂の印象に残っているのは――武田の赤備えだな。甲州最強の者が率いておった」
芹沢は「赤か……だがあの井伊直弼の赤でもある」と苦言を呈した。
「あの野郎の赤を真似るのは、水戸藩出身としては受け入れられねえ」
「では、ダンダラの部分を黒にして、他は赤にしてしまうのは?」
山南の提案に「悪くないな」と信長は笑った。
そこで新見が「背中に文字を入れるのはどうだろうか」と提案する。
「たとえば……『誠』はいかがか?」
「ええのう。背中に文字は恰好ええのう」
どんどん派手になる隊服。
近藤は「こんなはずじゃなかったんだけどなあ」と悲しげに呟く。
「赤の生地に黒のダンダラ、そして誠の字。このようになりました。それでは――」
「ああ。隊服を作らせるところは目途がついている。俺に任せろ」
そう言いだしたのは芹沢だった。
土方が「よろしいのですか?」と確認する。
「ああ。大和屋ってところで作らせる。ちょうど向かうところだった。あそこは生糸問屋だ。呉服屋にも顔が利くだろう」
土方は山南と顔を見合わせて「それならお願いします」と頭を下げた。
近藤は少し元気なくなってしまった。
芹沢と新見が去った後、信長は「上手いことやったな」と三人に言う。
「近藤、おぬしの策……ではなさそうだな」
「策? 何のことですか?」
「なら土方だ。芹沢が大和屋に行くことを事前に知っていただろう?」
土方は「何を言っているのか分からねえな」と無表情で答えた。
信長は「とぼけおって」と鼻で笑った。
「近藤が隊服を作ろうと言い出して、芹沢がそれに乗って、しかもその後訪れるところが生糸問屋だと? 偶然が重なり過ぎるわ」
「そういえば、今日提案しようと言ったのはトシだったな」
近藤は「まさか、芹沢さんに作らせるためにか?」と少し恐い顔になる。
「だとしても、別にいいじゃねえか。芹沢自身が言い出したことなんだ」
「私は利用しているみたいで嫌だ」
「みたいじゃねえ。利用しているんだよ」
悪びれもしない土方。
近藤は「どうして私に何も言わなかった?」と問い詰める。
「あんたは顔にすぐ出る。芹沢や新見に勘づかれるかもしれねえ」
「……山南さんはこのことを知っていたのか?」
近藤が黙ったままの山南に水を向ける。
山南は「この件は土方くんに任せました」と答えた。
「ですが、反対はしませんでした」
「そうか。俺だけ蚊帳の外か……」
落ち込む近藤に対し「面倒がなくて済むではないか」と信長は笑った。
「儂のときは逐一考えねばならんかった。
「……自室に戻る」
近藤は不機嫌のまま、大広間から去っていった。
山南は「本当に良かったんですか?」と土方に問う。
「良いんだ。近藤さんは、俺らのやったことは正しくなくても、やらねえといけないことだって、分かっているはずだ」
「…………」
「あれは自分のふがいなさを悔やんでいるだけだ。俺たちに手を汚させたことに対してな」
信長は「よくできた三人組だ」と近藤と土方、山南の苦悩を嘲笑った。
「だが、もう少しだけ……思慮しておいたほうが良かったな」
「……何をだ?」
「芹沢が大和屋へ行くことの意味。それをよく考えたのか?」
それは土方と山南は考えなかった。
信長は立ち上がり「あの芹沢はやるぞ」と言う。
「伊勢長島や比叡山を滅ぼすと決めた、儂と同じよ……」