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第6話信長、近藤と出会う

「あ、斉藤さんだ。いつお帰りになったんですか?」

「……先ほどだ」


 信長たちが屯所に戻ると、門の前でたたずむ男がいた。

 沖田とは違った意味で野性味溢れる美男子。まるで飢えた狼のようなギラギラとした目。しかし石部金吉いしべきんきちみたいな印象はなく、人懐っこさはないものの、人当たりの良さは感じられる。


 沖田が「紹介します」と信長を指し示した。

 斉藤は少しだけ眉を上げた。


「織田信長さんです。今、私がお世話をしています」

「……井上さんから聞いた」


 斉藤は姿勢を正して一礼した。

 信長は無口な割に礼儀正しいなと感心する。

 甲賀こうが出身の滝川一益たきがわかずますと似ているなとも感じた。


「うむ。織田信長である。以後よろしくな。斉藤……」

斉藤一さいとうはじめ、だ」


 斉藤は「あんたを案内するように言われた」と続けて言う。


「沖田と原田さんには、山南さんから別用があると」

「そうですか。それでは、ノブさんまた」

「ああ。また後でな」


 斉藤に連れられて信長が屯所の中に入る。

 原田は「山南さんの用事ってなんだろうな?」と不思議そうに訊ねる。


「特に予定なんてないはずだけどな」

「さっきの呉服屋の件じゃないですか? まだ報告していませんし」


 そんな二人の会話を余所に、信長は斉藤に話しかけた。


「今更、沖田が儂をかばうわけでもあるまいに。土方か山南か……ま、山南だろうな」

「……なんのことだ?」

「是非もなし、ということだ」


 斉藤は返事しなかったので、二人は黙って廊下を歩く。

 そして奥の間の前に来る。他の部屋よりも作りが良かった。


「近藤さん。連れてきた」


 斉藤が呼びかけると「お通ししてくれ」と返答が来る。

 丁寧な仕草で斉藤は障子を開けた。


 中には近藤と土方が座っていた。

 しかし上座には座っていない。

 信長は対面するように胡坐あぐらをかいた。

 斉藤は部屋の外に出て「何か用事があれば」と言い残して閉めた。


「改めまして、近藤勇こんどういさみです。あなたが織田信長さん……ですか?」


 近藤は角ばった顔で質実剛健しつじつごうけんが似つかわしい雰囲気。やけに口がでかい。険しい強面で信長は柴田勝家しばたかついえを思い出した。ひげを生やせばより似るだろう――今日は家臣のことをよく思い出すなと信長は自分を笑った。


「いかにも。織田前右府信長である」

「……正直に言えば信じられません。あなたがその、織田信長公であるとは」


 真面目な男が物事をはっきりと言えるのは真偽がはっきりしているときだけだ。

 だから近藤の曖昧な言い方で信長は「まだ調べはついていないというわけだな」と断じた。


「儂の身元を調べたが、どこの者か判然としない」

「……どうしてお分かりに?」

「昨日、帰宅していたが会わなかった理由。そして朝ではなく昼から会った理由。それらをかんがみれば簡単に分かることだ」


 聞いていた土方は舌打ちしたい気持ちだった。

 まるっきり信長の言うとおりだったからだ。

 そして調査の結果、信長の身元が不明という点まで当たっていた。


「山南くんが言っていたように、鋭い人ですね。感服いたしました」


 笑顔で返す近藤。心から思っているらしい。

 信長は「まどろっこしい話は好かん」とすげなく返す。


「本題を言え。儂をどうするかをだ」

「私は、壬生浪士組に入隊させてもいいと思っています」


 近藤が先ほどから本音で話しているのを信長は分かった。

 嘘がつけない……否、嘘をつかないようにしていると悟る。


「しかしトシ……この土方は大反対しておりまして。それに水戸派もどう思うか。悩ましいところです」

「であるか。土方、どうして反対しておる?」


 話を振られた土方は「得体の知れない輩なんざ、入隊できねえしさせねえ」と目線を逸らして答えた。


「それに自称織田信長だぞ? 未だに信じられねえよ」

「嘘だな。おぬしは――儂を壬生浪士組とやらに引き入れたいと思っている」

「なっ――」


 ぎょっとして信長を見る土方。

 近藤は不思議そうに「どういうことだ、トシ?」と訊ねる。


「この人の言ったとおりなのか?」

「……いや。別に」

「土方よ。もう少し誤魔化す癖を身に着けたほうがいいぞ」


 信長は不敵な笑みを浮かべている。

 近藤は怪訝な顔をしていた。


「……だあああ! もう面倒くせえ! 俺はこういうの苦手だって言ったよな――山南さんよ!」


 大声で喚く土方の後ろの襖から「もう少し粘れないのかな」と困った顔で山南が出てきた。


「山南くん。一体どういうことだ?」

「すみません、近藤さん。我々もこの方――織田信長さんを引き入れるのに賛成なんですよ」


 近藤は言葉にしなかったが、山南も直接的でないが反対していた。

 しかしこの場にいない者の意見を言うのは公平ではない気がしたので言わなかったのだ。


「しかし、いくら調べても身元が不明な人物を引き入れるのは、些か問題があります」

「……ああ。だから試したのか」

「ええ。実際はいかに土方くんを説得するかが課題だったのですが。まさか見破られるとは思いませんでした」


 近藤は不満げに「なら最初から教えてくれればいいのに」と子供みたいなことを言う。


「あんたに全部言ったらもっと早く分かっちまうだろ。嘘や誤魔化しができない人なんだから」

「それはそうだが……」


 土方の指摘に口ごもる近藤。

 信長は「それで、試しの結果はどうだ?」と問う。


「儂を壬生浪士組に入隊させるのか?」

「ええ。合格です……この言い方は不遜ふそんですかね?」

「ま、許そう。甘んじてな」


 山南はその場に正座して「後学のために教えていただけませんか?」と信長に訊ねた。


「どうして、土方くんがあなたを引き入れたいと分かったのか」

「そもそも引き寄せる気が無ければ、近藤に会わせるわけがない。それに身体を改めなかったこともある」

「身体を改める?」


 信長は懐から短銃を取り出した。

 山南の目が大きく見開く。


「どこでそれを?」

「近藤の知り合いの坂本龍馬に貰った。知っているはずだな、近藤」

「江戸でよく会っていたが、彼も京にいるのか。懐かしいな」


 近藤が懐かしそうにするのを余所に「儂を引き入れる気が無ければ身体を改めるだろう」と信長は続けた。


「自分たちの頭に会わせるのだから。危害を加える者の排除はおぬしらの役目だ」

「……配慮が足りませんでしたね」

「それより儂を信用し過ぎだ。まだ会って間もないのだぞ?」


 信長は短銃を仕舞って「他にも根拠はあるが、細かなことなので省略する」と山南を見た。


「ところで儂はどの立場となる?」

「副長助勤と考えております」


 山南はあらかじめ土方と打ち合わせたとおりの地位を示した。

 しかし信長は「名前からして組頭ということか」と不満げな顔をした。


「となれば……働かなければならぬな」

「まさかてめえ、働かないつもりだったのか?」


 土方は冗談で言ったつもりだったが「そうだ」と信長は肯定した。


「儂はもう五十路だぞ? 昔ほど動ける自信がない」

「なら相談役としていてもらうのはどうだろうか」


 近藤の提案に土方は「相談役?」と首を捻った。


「ああ。役職名はまだ決めていないが。それなら水戸派も文句言わないだろう。それに副長助勤を増やしたら芹沢さんと新見さんが文句を言ってくる」

「一理あります。土方くん、どうだろうか?」


 土方は「二人が賛成しているなら何も言わねえよ」と応じた。


「ま、おっさんに働いてもらうよりは体裁もいいしな」

「であるか。儂もそれで良い」


 信長は「改めて言っておこう」と三人に向かい合う。


「これから壬生浪士組の厄介になる。以後頼むぞ」


 土方はこのおっさんは役に立つのかと疑った。

 山南は水戸派の牽制けんせいになりそうですねと笑う。

 近藤は頼りになる人が増えたと単純に喜んだ。


 こうして信長は幕末における生活基盤を確立させたのだった。

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