「いやあ、まっこと助かったぜよ! おまんらのおかげで怒られずに済みもうした!」
上機嫌で笑う
信長は団子を食べながら「であるか」とだけ頷いた。彼もまた、新しい着物だからか機嫌は良かった。
場所は呉服屋から移動して、壬生浪士組が贔屓にしている
「ノブさん、若くないのによく食べますね」
「甘いものは多く食べられるのだ」
沖田は目の前に次々と置かれる皿を見て驚いた。
まるで若者のような食欲である。
「おぬしらも遠慮するな。食え食え」
「おう! おマサさん、団子四つ追加で!」
成り行きで付いてきた原田もかなりの
沖田は小声で「大丈夫ですか?」と坂本に訊ねる。
「ええよ。珍しく俺は銭持っとるきに」
「羽振りがええのう。ときにおぬしは何者ぞ?」
信長の問いに「土佐
「今は
「であるか。なかなか面白い男だな。どうして沖田――いや、近藤を知っていた?」
「近藤とは、江戸での知り合いじゃき。そんで、おまんは誰ぜよ?」
何気なく訊かれた問いに、沖田が止める間もなく「織田信長だ」と名乗った。
「ほう。織田信長さんか。良い名じゃな」
坂本は同姓同名か偽名だと思って、あまり反応を示さなかった。
沖田は安堵のため息をついた。
「その勝とやらは何者だ? 浪人を門人にするとは、余程の男だと思うが」
信長は脱潘浪人のことをよく知らない。というより
「幕臣ぜよ。今は幕府に海軍を作ろうとしちょる」
「海軍……水軍のようなものか」
「まあ間違ってはおらんき」
坂本は「今の日本は大きく変わろうとしちょる」と声が少し大きくして言った。
「それなのに、尊皇じゃの
信長は「ならばおぬしはどう日の本をまとめる?」と問う。
沖田はノブさんも興味があるのかなと思い、原田は黙って沖田の分の団子を食べた。
「そん方法が分からん! 勝先生と話しても、
肩透かしさせられる返答だったが、今の時代の武士たちが懸命に模索している事柄だ。あっさりとは思いつかないだろう。
信長は「儂は世情に詳しくないが」と前置きをする。
「今は
「玉? ……朝廷のことならまさに今、公武合体を押し進めているじゃが」
「しかし今まで、幕府が実権を握り朝廷をないがしろにしておった……間違いないな?」
昨日の山南との会話の中で知らされた知識だ。
坂本は「そうぜよ」と頷いた。
「ならば上手くいくはずがない。冷や飯を食わせていた相手に頭を下げても無駄だ。恨みが残っている。そして恨んだ者は自分に利益があろうが、相手の言うことなど聞くものか。
極端な考え方だが、信長の言っていることは一理ある。
現に公武合体はあまり上手くいっていない。
坂本は信長の洞察に少し感心しつつ「ならどうするぜよ?」と問う。
「おまんなら、なんや冴えた考えでもあるんか?」
「外国から攻めてくるからと言って、内輪揉めしている者どもが、素直に仲良くしますなどならん。儂ならば――滅ぼすか従わせる」
戦国武将そのものの考え方に「凄まじい考え方ぜよ」と坂本は唸った。
「なら、どうやって滅ぼすか従わせる?」
「……知らん。儂は尊皇攘夷や公武合体に興味がない。だが、幕府とやら以外でも――玉を握れば好機がある」
「なるほど……」
「問題は勝ち方よ」
信長は団子を坂本に差し向けながら「武力と権威は両輪である」と説明しだす。
「武力があろうとも、権威がなければ誰も従わん。逆もしかりだ。だから武力を持つ者がいかに権威のある者を利用するか……そこが重要よ」
「さっき言っていた勝ち方ちゅうことか?」
「ああ。あのキンカン頭は三日天下で終わったが……子々孫々に至るまでの強大な武力と権威を得なければ、天下を取ったとは言えん」
その点、
「幕府が実権を握り続けるにせよ、他の大名が取って代わるにせよ、鍵となるのは――朝廷であろうな」
そこでようやく、信長は食べるのをやめてお茶を啜った。
十分、満腹になったらしい。
「沖田、おぬしはどう考える?」
唐突に信長から話を振られた沖田は「私ですか?」と戸惑った。
「私は……近藤先生についていくだけです」
「であるか。原田は?」
「俺ぁ悪い奴ぶった斬るだけだ」
原田は坂本を見ながら「あんたが不逞浪士にならないことを祈るぜ」と言う。
「かなり腕が立つだろ、あんたは。正直、不意討ちじゃねえと勝てそうにない」
「過大評価じゃき。そんことはないじゃろ」
「どうかな……なあ、おっさん。これからあんた、どうする気なんだ?」
原田が当たり前のことだが、誰も訊けなかったことを言いだした。
沖田が連れてきたとはいえ、壬生浪士組が信長を世話する義理などない。
この後、近藤勇と話す予定だが、それを知らない原田にしてみれば当然の問いでもある。
「そうだな。せがれや家臣が死んだとはいえ、儂は生きねばならんしな」
「なんじゃ。信長さんはお殿様やったのか」
「ま、若い頃に
坂本は怪訝な顔になる。何故、ご隠居様と壬生浪士組が共に行動しているのか。
さらに沖田や原田の態度が馴れ馴れしいのも気にかかった。
身分を隠して護衛しているわけではなさそうである。
「おまんは……どこの殿様ぜよ?」
「生まれは尾張国だ。それから
「ほんまもんの織田信長みたいじゃのう」
「儂は偽者ではない……証がないのが腹立たしいが」
坂本は信長の言っていることがどこまで本気なのか図りかねた。
沖田や原田の様子を見るが、彼らも半信半疑なようだった。
「ま、どうにかなるであろう」
「そんなのん気な……壬生浪士組は貧乏暮らしなんですよ?」
「銭などその気になれば増えるものよ」
沖田の苦言にも余裕で返す信長。
坂本は浮世離れしちょるなと考えた。
「愉快なおじさんじゃの。おまんとはまたどこかで会いそうな気がする」
「であるか。実のところ、儂は貴様に面白みを感じている」
信長はにやにやと笑いながら「禿ネズミを思い出すわい」と言う。
「禿ネズミ……? 褒められちょるのか
「貶してなどおらん。何か……大きなことを仕出かしそうだ。良くも悪くもな」
「へえ、どえりゃあことか?」
信長は「勘だけどな」と軽く笑った。
「おぬしの名――坂本龍馬を覚えておこう。この織田信長がな。光栄に思うがいい」
坂本は「あはは。偉そうなおっさんじゃ」と嬉しそうに言う。
「俺も覚えておくきに――織田信長の名を」
そう言って、坂本は先ほど返した短銃を信長の前に置く。
「なんだ。くれるのか?」
「信長さんのこと、気に入ったわ。ま、要らんなら捨てればええ」
「であるか。ならば貰っておく」
坂本は「弾薬はそっちで都合してくれや」と笑った。
信長は「そこまで世話になるつもりはない」と笑った。
第六天魔王織田信長と、維新の英雄坂本龍馬の邂逅。
その初回は和やかな雰囲気で終わった。