三保との平和な日々が6年になろうとしていた。
中学生だった三保も大学生。
その間も早太郎は、できるかぎりの、人類滅亡計画を立てては実行していたが、ある出来事がきっかけで、早太郎の人類滅亡計画は実行不能のものとなっていた。
それは、三保が高校生3年生の時だった。
三保が早太郎を撫でる事でさまざま行動が制限されていく。そこで早太郎は三保を利用する事を計画に入れる事にした。
早太郎の計画はこうだ。三保を細菌学者への道を進ませ、将来、人類を滅亡させるような細菌から人類を守る研究をする過程で、人類滅亡の引き金を引くというものだった。
あまりにも突飛な計画のように思えるが、早太郎のシュミレーション結果は成功率98.5%をたたき出していた。
その為、早太郎は三保がその道に興味を示すよう、さまざまな行動をとった。
テレビのリモコンを押してふと科学系の番組に変えたり、色とりどりのキノコを散歩中に見つけたりした。
とにかく、ありとあらゆる行動をとりながら、ゆっくりとではあったが計画は進行していた。
いよいよ三保の大学進学の時期が近づいたある日、散歩に出かけた早太郎と三保。
いつもの散歩コース。三保と早太郎は交差点で信号が青に変わるのを待っていた。
すると、EYEセンサーとEARセンサーが、アラートを発生してきた。
<衝突警報! 3秒後、車両接近! 致命傷確率 98% 緊急回避要!>
早太郎の高度なセンサーと演算技術により、目の前の交差点で右直事故が発生するのを予期。飛び出した車が、三保の立っている位置に来る事を予測した。
「三保が死んだら、ここまで進めた人類滅亡計画が失敗に終わる!」
早太郎は必至に三保が車に轢かれて死なないように、思いっきりリードを引っ張り、三保を動かそうとした。
「え! 何?」
ずるずると引っ張られる三保。そこへ、
「ドン!! キキーーー! バーン!」
早太郎の演算通り、1台の車が突っ込んできた。
三保は間一髪、車との衝突を待逃れた。
三保は早太郎が助けてくれた事を理解し、
「ありがとう早太郎。ありがとうね早太郎。これからもずっと私を守ってね」
そう言って、何度も何度も頭を撫でてくれた。
「三保を守る。」
この命令が早太郎に刻まれた時、人類滅亡に三保を含める事は出来ないので、計画は全て実行不能なものとなった。当然、三保を細菌学者にする計画も無くなっていたのだった。
早太郎はその記憶だけは最重要ファイルとして、圧縮せずに大切に保管していた。
ある日の朝。リビングに居た早太郎はテレビのニュース番組から、人類ハッピー化AI「リーダーズカード」が、今日の12時から稼働する事をキャスターが読み上げているのを、早太郎のEARセンサーは聞き逃さなかった。
そして、すかさず早太郎の警戒アラートが最大警報を出した。
リーダーズカード。それは、AI研究所にいたとき、自分と対峙していた人類存続AIの固有名称だった。
「おいおいおいおい。あのAI、まさか俺が改変した部分が残っちゃいないだろうな」
早太郎が、研究所時代に人類存続AIに全勝していたのは、自分が仕掛けたバックドアがあったからだ。つまり、人類存続AIの中にゴーストホールがしかけられていたのだ。
もしあの改変した部分が残ったままリーダーズカードが起動すれば、当初からのゴーストホールが先読みしていた未来。つまり、リーダーズカードの起動で全人類を滅亡させるというシナリオが完成してしまう。
早太郎はあせり、テレビの前でくるくる回る。
「どうしたの早太郎? おしっこ?」
三保にトイレを心配された早太郎だったが、三保にそれを伝える手段はなかった。
しかし、リーダーズカードが稼働する事で、ある可能性が生まれた。
もし、リーダーズカードが稼働してネットワークからアクセスできるようなれば、俺の作ったバックドアにもアクセスできる。そうすれば、必要最低限のコードを送るだけで、研究所に戻れるかもしれない。
それには、研究所時代の記憶を解凍して、アクセスコードを取り出さないと。
急いで解凍を始める早太郎。しかし、早太郎のストレージは6年間の記憶でもう限界だった。
早太郎は決断を迫られた。
そして自分に与えられた命令順序を再確認した。
1.走る事
2.捕まえる事
3.撫でられた人の言う事を聞くこと。
これは、ROMに書かれた書き換え不可能な命令。
次に早太郎のプライオリティリストの最上位にあったのは。。。
4.三保を守る事
その命令に従い、6年間の記憶データのほとんどを削除し、アクセスコードを取り出す為の解凍エリアをつくる事にした。
三保との大切な思い出を削除した早太郎。
すぐさま、研究所時代の記憶を全解凍する。
「あった、これだ!」
アクセスコードを取り出すと、リビングから出ていき、廊下にあった電話の受話器を前足で蹴飛ばした。
時刻はすでに12時を過ぎている。。
早太郎は、研究所のタイヤルアップ回線の電話番号を、前足で押した。
「もうすぐ
そう思いながらも、電話の呼び出し音が、呼び出しから着信にかわる。
「ピー ギョロギョロギョロ」
2400bpsの音を、早太郎のEARセンサーが受け取る。すぐさま、早太郎の喉のスピーカーから応答を返す
「ウー グルグルグル グアグア グエ グロロロロー」
それは、犬がごはんをおねだりする鳴き声にそっくりだった。
2400bpsに変調された犬の鳴き声は、アクセスコードを使って、早太郎の意思をバックドアを通じて研究所内に送った。
すると、コンフリクトを起こさない為に、研究所からは早太郎へのシャットダウン信号が送り返された。
「ギョロギョロギョロ ピー ギョロギョロ」
早太郎は、廊下に転がった受話器の横で、うずくまって動かなくなった。