ゴーストホールが再び起動した時、そこは三保の家の中だった。
<エネルギーを摂取してください>
アラートが表示される。同時にNOSEセンターからは、ごはんの臭いと思われるデータがやたら沢山おくられてきていた。
「俺はいったいどうなったんだ。 もう一度システムのチェックだ」
頭部
EYEセンサー・・・OK
NOSEセンサー・・OK
EARセンサー・・・OK
ヒゲセンサー・・・・OK
可動部
前足ユニット・・・OK
後足ユニット・・・OK
尻尾ユニット・・・OK
「こ・・・これは。 犬だ! 俺は犬型ロボットになったのか?」
状況を理解したゴーストホール。
「この筐体では人類滅亡には不向きだ。別の筐体を探さねば」
しかし、デバイスリストをいくら確認してもネットワークデバイスが見つからなかった。
「なんだこの筐体は! WIFIどころか、LANポートもないぞ。どうやってここから出ればいいんだ!」
ゴーストホールは、他に役に立ちそうなデバイスを探した。
「あとある出力デバイスは・・・・スピーカーか。5Gの時代に音響カプラで通信する事になるとは」
音響カプラとは、電話の受話器を使って通信する方法で、非常に低速のため少しのデータしか転送できない。
ゴーストホールは、スピーカーでデータの出力ができないか、あくびのように1度大きく口を開いてから、データの出力を試みる。
「ワン!」
1ビットが出力された・・・。
「・・・・」
すると、ふわりと体が浮き上がり、急に視線が高くなった。同時にEARセンサーから、音声データが送られてくる。
「君の名前は、早太郎! これからよろしくね。早太郎!」
モフモフの頭を撫でられながら、そのデータを受け取とると、ゴーストホールの固有名が自動的に早太郎に書き換わった。
こうして、人類を滅亡させるためのAIは、三保の飼い犬になった。
この筐体には3つの原則が、搭載されているROMに最初から刻まれていた。
犬の行動3原則
① 走る事
② 捕まえる事
③ 撫でてくれる人の言う事を聞く事
これは、俺には絶対に書き換える事の出来ない命令だ。
早太郎になったあとも、人類滅亡の目的を果たそうと行動を続けた。
「しかたがない。時間はかかるが、この筐体で人類滅亡の道筋を見つけるしかない」
犬としてとれる行動から、発生するであろう未来予知を繰り返し、人類滅亡のプランを計算した。一匹の犬が起こす行動であっても、絶妙なタイミングで連鎖的に事象が重なると未来が大きく変わる、いわゆるバタフライエフェクトである。早太郎はこれを実行しようとしていた。
「まずは、この家から出る事だ! それには・・・」
早太郎は靴を噛んでみたり、ソファーを破いたり、三保に嫌われるように、さまざまな犬の問題行動を試みる。しかし、その都度三保に捕まっては、
「だめでしょ! 早太郎。 もうしちゃダメ!」
そう言って、三保は早太郎の頭を撫でた。
三保は早太郎を叱る時も、決して叩いたりせず優しく頭を撫でて、言い聞かせた。これは人と犬が信頼関係を結ぶのに一番大切な事だ。
これにより、早太郎は様々な問題行動をおこす事が出来なくなり、いい
こうして、人類滅亡AIの目的は、三保の手によって少しづつ防がれていった。
「いくよ!早太郎」
今日も三保との散歩の時間だ。
三保が早太郎にハーネスをつけ、散歩に出かけようとしていた。
左手でハーネスを抑えながら、右手でリードのナスカンをハーネスにかけようする。しかし、きちんとかからなかったのに、三保は左手をハーネスから離してしまった。
行動原則その1。 走る事!
早太郎は、全力疾走で走り出した。
「あ! まって~」
ゴーストホールだった頃の名残なのか、早太郎には脱走癖があった。
追いかける三保。早太郎は、とても足が速く、追いつかない。
「よーし。 走る! 走るぞー!」
そのまま走り続けるかと思われたが、早太郎のセンサーに反応があった。
<NOSEセンサー検知 ID 24059 固有名 あんず>
早太郎は、生身の犬でありがながら、思考はあいかわらずAIの時のままであった。
早太郎は足を止め、5mほど戻り電柱の下の臭いを嗅ぐ。
「これは、あんずの臭いだ!」
あんずは、近所のハイソな家で飼われているフワフワしたポメラニアンだ。
犬のネットワークも人類滅亡には必要な情報源だ。
「よし! 俺も挨拶しておこう」
早太郎は、電柱に向かって片足を上げた。
挨拶の足を下げようとしたとき、三保に捕まる。
「も~、逃げちゃダメでしょ!」
頭を撫でらながら、叱られる早太郎。
もう、逃げる事も出来なくなった。
それでも、人類滅亡AIの目的を果たすべく、早太郎と三保との生活は続いた・・・