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 ——どういう意味だろう。まだ麗華の気配を感じるということは、祓ったわけではないんだろうけど……。


 僕は、地面より少し高くなっている外廊下へ上がり、扉のガラス部分を覗いた。


「えっ。麗華が、笑ってる……?」


 扉の向こうには、寄り添う麗華と瑠衣が視えた。


 人形のように表情をなくしていた麗華は、隣にいる瑠衣を見ながら、優しい笑みを浮かべている。愛しい息子にしか向けられないその顔は、女神のように美しい。


 そして麗華は、赤い組紐くみひもと紫色の勾玉まがたまで作られた、首飾りをつけている。初めて見るものだ。


「あの首飾りって……」


「あれは、大昔に作られたもので、荒ぶる物の怪に幻覚を視せ、鎮めるための首飾り……らしいです」


「らしいって……」


「私も、使ったのは初めてなんですよね。私は、死霊は成仏させるか祓うものだ、と教わったんです。私はこんな方法は教わったことはありませんし、やろうと思ったこともありませんでした。でも、物の怪に同情する一ノ瀬さんを見ていて、祓う以外にも、他に方法があるのではないか、と思ったんですよ。


 だから、完全に消すことができなかった場合のことも考えて探していたんです。封印する方法を。物の怪から感じる力も弱くなっているので、この状態で屋敷を封印してしまえば、外に出ることはないでしょう。私が封印を使う日が来るなんて——私も案外と、流されやすい性格だったのかも知れませんね」


「それなら最初から……」


「いえ、やらなかったのではなく、この方法は使えないな、と思っていたんですよ」


「どういうことですか?」


「まず、ソファーの上に、人形があるのが見えますか?」


 御澄宮司は部屋の中を指差す。僕がソファーに目をやるとそこには、水色のドレスを着たフランス人形があった。


「はい。——あっ! 人形にも同じ首飾りが巻きつけてある……」


「そうです。この術をかけるのは、結構大変なんですよ。二つの首飾りは、これで繋がっていまして……」


 そう言いながら御澄宮司は、袖から何かを取り出す。僕に見せるように手を開くとそこには、真っ二つになった紫色の石がある。


「物の怪と、瀬名さんの身代わりになる人形に首飾りをかけた後、首飾りを繋いでいる石を、割らなければならないんです。そのためには物の怪を静止させないといけないので、無理だと思ったんですよ。実際にあの物の怪は、紫鬼しきと互角に戦っていましたからね。急に動きが悪くなったおかげで、この術が使えたんです。今、あの物の怪は、人形のことを瀬名さんだと思っているから、大人しいんですよ」


「そうなんですね……」


 扉の向こうを見ると、たしかに麗華は、人形に話しかけている。人形を瑛斗だと思っているというのは、本当のことなのだろう。


「強い力を持った呪具でも、いつかはその力を失う時が来ます。そうすればあの物の怪も、力を持たない、ただの死霊になるでしょう。それまでは、ここで大人しくしてくれていたらいいんですけどね」


「まぁ、あれだけたくさんの魂があれば、瑠衣のために無理やり外に出る必要はないと思います。……ランタンの中の魂が尽きる頃には、麗華も力を失っていて欲しいですね……。それなら、二人で一緒に成仏することができますから」


 僕が言うと、なぜか御澄宮司は、ため息をついた。


「本当に優しいですね、一ノ瀬さんは」


 呆れたように言う御澄宮司に『自分も、今なら紫鬼に斬らせることもできるのに、そうしないじゃないか』と思ったが、なんとなく、口には出さなかった。




「ままぁ。おなかすいたぁ」


 瑠衣の顔の右半分は潰れて真っ赤に染まり、首は、その反対側に折れ曲がっている。取り込んだ霊気が、完全に尽きてしまっているようだ。


 そんな瑠衣の前に、麗華は青い光を放つランタンを差し出す。


 そしてランタンの蓋が外されると、澄んだ空のような色の、青い光の玉が、ふわりと飛び立つ。


 大きな蛍が舞っているような、幻想的な光景を視ていると、人間の魂が喰われているというおぞましい現実を、忘れてしまいそうだ。


 青い光の玉を無邪気に追いかける瑠衣を、麗華は優しい笑みを浮かべて見守っている。


あせらないで。大丈夫。——逃がさないから」


 二人はこうやって、麗華が力を失うまでの長い時間を、幸せに過ごすのだろう。


 ——今度こそ本当に、さよならだ。


 僕は、麗華と瑠衣の笑顔を目に焼き付けた後、横にいる御澄宮司の方へ身体を向けた。


「行きましょうか、御澄宮司」


「えぇ。帰りましょう」


 僕は、まだ目を覚まさない瑛斗を背負って、御澄宮司の後ろを歩く。瑛斗はたまに動くので、じきに目を覚ますだろう。




 魂は、あの世へ行った後は、どうなるのだろうか。


 もしも、生まれ変わることができるとしたら、また麗華と瑠衣が親子として、一緒にいられますように。そして来世では、幸せに生きられますように。


 そう願いながら、僕たちは屋敷を後にした——。




〈了〉


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