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 僕は上着のポケットから、赤い札の束を取り出した。


 御澄宮司に渡された赤い札には、漢字にも絵にも見えるような、黒い文字が書いてある。何の札かは聞いていないが、触れていると、その効力が分かる気がするのが不思議だ。


 束の中から一枚を抜き取り左手に持つと、数珠は淡い光を放ち、僕が手にグッと力を入れると赤い札は、パリパリッ、と音を立てながら波打つように動いた。


「頼む、効いてくれ……!」


 僕は氷の真ん中に、赤い札を叩きつけた。


 札からは薄紫色のもやが流れ出し、麗華と瑠衣が入っている箱を覆って行く。そして、靄が箱の中に吸い込まれると、氷の表面は一瞬で真っ白になり、二人の姿は見えなくなった。


「札が、効いたみたいだな……」


 遺体を火葬しなくても、氷ごと封印してしまえば、霊体の方に伝わる力は弱くなるはずだ。それにこの方法なら、二人を引き離さずに済む。


「早く戻らないと」


 部屋の四方にも赤い札を貼った後、石段を一気に駆け上がる。そして、石段の一番上にも札を貼っておいた。


 石垣の外に出ると、夕陽は茜色へと変わり、紺青色をした夜のとばりが下り始めている。石垣にぽっかりとあいた穴は、入る前よりも、さらに不気味に見えた。


 穴の前に立ち、真っ暗な石段の下を見つめると、また胸の奥が痛むけれど、先程までのような苦しさは消えたような気がする。自分がしていることが正しいとは思えないが、もう迷いはない。




 ここに二人の遺体と麗華のランタンがあることは、僕だけの秘密にする——。




 遺体が入っている氷に霊気を封じる札を貼ったことで、麗華は今までのような力は使えなくなるだろう。麗華の力が弱くなれば、呪具の力を借りて、僕が瑛斗を守ることもできるはずだ。


 ——自分で決めたんだから、一生をかけてでも、瑛斗を守らないと。


 僕は、二度とここへ来ることはないだろう。僕が近付けば、麗華と瑠衣の遺体が見つかってしまうかも知れない。


「……さよなら」


 石垣が動いた時に触った石に触れた。数珠は淡い光を放ち、ガリガリガリ、と音を立てながら、出入り口が閉まって行く。僕が一歩下がると、石垣は何事もなかったかのように、元の姿に戻った。


 ——御澄宮司が、屋敷の四方に札を貼れ、って言っていたよな。


 僕は屋敷へ駆け寄り、赤い札を貼って行く。札を貼るたびに、身体が重くなるように感じたが、構わずに走り続けた。


 少しでも時間稼ぎができるのなら、瑛斗と御澄宮司を連れて、神社の結界の中へ逃げたい。麗華の力が前よりも弱くなっているのなら、可能なはずだ。後のことは、それから考えたらいい。


「はぁ……」


 最後の壁に札を貼り終え、空を仰ぐと、群青色の中には光るものがあった。山奥で街灯もないので、星がよく見える。札を貼ることに必死だったので、辺りが夕闇に染まっていることには、気付いていなかった。


 ——瑛斗は、大丈夫かな……。


 残った札をポケットに入れて、僕はまた走り出した。


 草だらけの道を、何度も転びそうになりながら、瑛斗がいる外廊下へ向かう。


 息を切らせながら近くまで行くと、寝転がった瑛斗のそばには人影があった。


「あれ? 御澄宮司。なんでここに……」


「一ノ瀬さん……。やっぱり、一ノ瀬さんが何かしたんですか?」


「えっ?」


 心臓が、どくん、と大きく脈打った。


 ——大丈夫。何も言わなければ、遺体とランタンのことは分からないはずだ。顔に出すな。


「何かって、どういうことですか?」


 おそらく顔はひきつっているが、薄暗いので、些細な変化は気付かれないだろう。


「実はさっき、物の怪の動きが急に悪くなったんです。そのおかげで、三つ目の策が使えました」


「三つ目って……なんですか?」


「視た方が早いかも知れません」


 御澄宮司は、横にある扉を指差した。


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