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 御澄宮司は、身体の前で刀を構えた。


 刀からは、紫色のもやがふわりと溢れ出し、それが一塊になると、紫色のフードを被った女性の姿へと変わった。自分の身長と変わらない程の大きな鎌を持った紫鬼しきだ。


 紫鬼は、大鎌を身体の前に構えて、麗華を見つめている。


「瀬名さんを連れて、下がってください」


「はい!」


 僕は、前から抱きつくようにして、瑛斗をソファーから下ろした。そしてそのまま、部屋の隅へ引きずって行く。


「瑛斗! 起きろ!」


 身体を揺さぶりながら叫んでも、瑛斗は目を開けない。たまに小さくうなるだけだ。


 ——くそっ! 目覚めてくれたら、瑛斗だけでも逃がせるのに!


 僕は、麗華の方へ目をやった。麗華は、紫鬼と睨み合っているようだ。


「紫鬼!」


 御澄宮司が声を上げ、刀を振り上げる。すると、同じように紫鬼も大鎌を振り上げ、先端がギラリと輝くと、鎌は麗華めがけて振り下ろされた。


 一瞬、当たったかのように視えたが、麗華は大鎌をひらりと避ける。そして一歩踏み出すと、すうっと姿が視えなくなり、次の瞬間には、御澄宮司の後ろにいた。


「あっ!」


 僕が声をらした頃には、御澄宮司はもう振り向いて、刀を構えている。強い霊力を持っている彼は、視えていなくても、麗華の気配をしっかりと感じているのだろう。


 御澄宮司は左下に構えた刀を、右上へ振り上げた。同じように、大きく右上に振り上げられた紫鬼の大鎌が、麗華の腹部に当たりそうになったが、麗華は素早く後ろへ飛び退いて、また姿を消す。


 チッ! と舌打ちする音が聞こえた。


 紫鬼の大鎌が当たる気配がないので、御澄宮司も苛立っているようだ。瑛斗の家で戦った時も何度もかわされていたが、普段なら、もっと簡単に片がつくのだろう。麗華は落ち着いた感じの女性に視えるが、戦い慣れている人間のように、動きは素早い。


 御澄宮司が刀を振る度に、ヒュッ、と空を切る音が聞こえる。


 紫鬼が大鎌を右上から斜めに振り下ろすと、棚の上に飾ってあったガラス細工が落ちて、ガシャーン! というけたたましい音と共に砕け散った。


 ——そういえば御澄宮司が、刀の呪力は無限ではない、と言っていた。紫鬼はどのくらいの間、戦えるんだろう。このままずっと避け続けられたら……。


 すると、一度姿を消した麗華が、壁際に姿を現した瞬間。紫鬼が大鎌を振り下ろした。逃げづらい瞬間を狙っていたのだろう。ついに鎌が麗華の首筋を斬った——と思ったが、バシッ! と電気がショートするような衝撃音が鳴り響く。


 ——何の、音だ……?


「くそ! 武器まで使うのか!」


 御澄宮司の声が聞こえたのと同時に、紫鬼が後ろへ飛び退いた。


 麗華に目をやると、彼女は胸の前で短剣を持っている。全体が真っ黒な短剣を横にして、紫鬼の攻撃を防いだのだ。


 ——あの短剣は、見覚えがある……。あれは、麗華が自分を刺した短剣じゃないか!


 紫鬼が大鎌を使えるように、麗華も短剣を使うようだ。ということは、紫鬼も短剣で斬られるとダメージを負うのだろう。紫鬼は先ほどよりも、麗華から距離をとっている。


「しつこい人は、嫌い……」


 麗華は無表情でつぶやく。


「俺も、しつこい女は、嫌いだ!」


 御澄宮司は再び刀を振り上げた。紫鬼が、大鎌を真上から振り下ろす。


 すると麗華は避けずに、短剣で軽々と大鎌を受け止める。その瞬間、バシッ! という大きな音が響いた。彼女たちが持っているのは、金属ではないので、呪力同士がぶつかった音のようだ。


 ——このままじゃ、決着がつかないような気がする。刀の呪力が尽きないうちに、どうにかしないと……!




 ぺた、ぺた、ぺた……




 後ろにある外廊下から、板を手のひらで叩いたような音が聞こえた。何となく、聞き覚えのある音だ。


 僕が振り向くと、瑠衣るいが部屋の入り口に立ち尽くしたままで、麗華を見つめている。可愛らしい顔の半分は歪み始め、表情はない。魂を食べて取り込んだ霊気が、減っているのだろう。


「まま……」


 瑠衣が小さく呟いた。


 麗華は御澄宮司と戦っている。また、母親が斬られるところを、瑠衣に見せないといけなくなるのだろうか。そう思いながら、御澄宮司の方へ目をやると——。




 紫鬼が、こちらを視ている。




 でも僕とは、視線が合っていない。


 ——僕じゃなくて……瑠衣を視てるんだ!


 考えるよりも先に身体が動いた。紫鬼から瑠衣が視えないように、瑠衣の前に両膝をつく。すると紫鬼の目は、僕に向いた。


 味方のはずの紫鬼に視られているのに、心臓の鼓動は大きくなり、身体が冷たくなって行く。僕は思わず息を呑んだ。


 すると紫鬼は、また麗華の方へ向き直った。僕が霊体ではないと理解したのだろうか。


 ——あれ……? なんで、僕は……。


 麗華と瑠衣を祓おうとしているはずなのに、なぜ瑠衣を庇っているのかが、自分でもよく分からない。




「おなか、すいた……」


 瑠衣の声がして振り向くと、なぜか瑠衣は向きを変えて、廊下を歩いて行く。

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