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 ——向こうに、何があるんだろう?


 僕は立ち上がって、御澄宮司の視線の先を見た。


「うわっ」


 そこには、先程よりも強い光を放つランタンがある。床や、テーブルの上。出窓や棚の上にも、ランタンが置いてある。二十個程はあるだろうか。


 ランタンの中には、相当な数の魂が詰め込んであるようで、もはや、一つ一つの魂の形は分からない。ガラスの中は鮮やかな青で満たされている。そんな状態のランタンがたくさんあるということは、ここに、おびただしい数の人間の魂があるということで——。


「どうやって、これだけの魂を……」


 御澄宮司がようやく口を開いた。


「何人もの夢の中に入り込んで魂を抜くのは、かなりの労力が必要な気がするので、大勢が集まっているような場所を選んで、集めていたのかも知れませんね。一人になる時間が多くて、逃げられないような場所でしょうか……」


「……」


 御澄宮司の表情は見えないが、酷く動揺しているのが伝わってくる。


 僕は、それが魂だと知らないままで視たから、綺麗だ、なんて思ってしまったが、初めから魂だと聞いてた御澄宮司には、地獄絵図のように視えていることだろう。しかも、呪具がこんなにたくさんあるのを目の当たりにすれば、絶句するのは当然のことなのかも知れない。


「……さっきの広間でも思ったのですが、私はこんな状態の魂は、視たことがないんです……。普通は、人なら人の形をしていて、動物なら動物の形で……」


「僕も、前はそう思っていました。これも、麗華の力なのかも知れませんね。この青い光は、霊とはまた違う気配を感じますから。前に麗華が、魂は少しだけ抜くくらいなら死にはしないと言っていたんです。それを考えると、ただの憶測ですけど、魂の一部だけを抜くと、こうなるのかも知れません。それに、この状態にしているのは、たぶん、子供の為なんですよね。人の形だと、その……瑠衣が、食べ難いから……」


 ——瑠衣が、魂を叩き潰して食べるところを視たら、御澄宮司はどんな顔をするだろう……。思い出しただけでも、気分が悪くなってくるよ。


「もしかして、御澄宮司が言っていた妙な気配って、この大量にある青い光のことですか?」


「おそらく。感じたことのない気配がたくさん集まっているので、そう思ったのかも知れません……」


 たしかに、小さな気配がこんなに密集して、絡み合うように動いていたら、虫が集まっているようにも感じるかも知れない。


「御澄宮司。この青い光を逃して、ランタンを壊せば、麗華の力は弱まるんですよね?」


「それが……。そう簡単にはいかないんですよ」


「どういうことですか?」


「呪具を壊せるのは、呪具だけです。私の刀でランタンを壊すことはできますが……。その後がどうなるか、私にも分からないんです。もし、呪具の中にある呪力が暴走したら、何が起こるか分かりません。一番良いのは、呪具をどこかへ封印することです」


「封印、ですか……」


「えぇ。呪術をかけた遺体は火葬し、ランタンは封印する。その上で、物の怪を紫鬼に斬らせ、消滅させる。それが最善の策だったんです」


『消滅させる』という言葉を聞いて、胸の奥が、ずきんと痛んだ。本当にそれしか、方法はないのだろうか。


「でも、全てのランタンを見つけ出して封印するのは、やはり、難しいと思います……」


「えっ? もしかして……。こんなにたくさんあるのに、まだ他にもあるってことですか?」


「残念ながら、渡り廊下にあっただけでも……この、倍以上は……」


「倍っ⁉︎ そんな……」


 胃の中のものが、ぐっと迫り上がってくるのを感じた。遺体は見つからない。大量にあるはずのランタンが、どこにあるのかも分からない。これでは本当に、御澄宮司が言ったように——。




「しつこい人は、嫌い……」




 突然、背後から女性の声が聞こえた。


 身震いするような冷たい声に、全身が総毛立つ。


 僕が勢いよく振り向くと、麗華が立っていた。麗華の顔の真ん中には、ひび割れたような線が入っている。紫鬼しきに斬られた傷が、完全には治らなかったのだろう。


 今までとは違い、麗華の顔には何の表情もない。まるで人形のようだ。黒曜石こくようせきのように黒々とした大きな目が、こちらを見つめる。


 麗華が姿を現した瞬間から、部屋の中は真冬のように寒くなった。


 至るところから、ビシ、バキ、と木が折れるような音がする。古くなって隙間ができているのか、窓ガラスはガシャガシャと、今にも割れそうな音を立てて揺れた。


 麗華から感じる霊気は、前とは比べ物にならないほど禍々しくなっている。押さえつけられるような圧迫感に、浅い呼吸しかできない。無数の細い針を、全身に当てられているような痛みを感じる。


 表情がなくても、何もしゃべらなくても、麗華の感情が伝わってきた。


 麗華は、怒っているのだ。




 何度も邪魔をする僕たちを、殺そうとしている——。




「一ノ瀬さん。これでもまだ、この物の怪を救いたいと思いますか?」


 額にうっすらと汗をにじませた御澄宮司が、すらりと刀を抜いた。


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