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 廊下の奥へ進むと、肌寒さを感じるようになった。


 微かに耳鳴りがし始めたので、この寒さは時間帯のせいではないような気がする。この廊下を進んだ先に、強い霊気を放つものがいるのだろう。


 ふぅ、と御澄宮司が大きく息を吐いた。顔を見ると、眉間にしわを寄せ、口元には力が入っているように見える。


「御澄宮司、大丈夫ですか?」


「えぇ、なんとか。でも本当に、何なんでしょうね。この、ぞわぞわとするような妙な気配は……。身体中をきむしりたくなりますよ」


「あぁ……。虫がたくさん集まっている場所へ、足を突っ込んだような、とかいう、嫌な気配ですか?」


「そうです。悪霊が放つ、刃を突き立てられるような気配の方が、まだマシですよ」


 御澄宮司は再び、大きく息を吐く。


 僕には、その妙な気配というものがよく分からないけれど、相当気持ちが悪いのだろう。御澄宮司の眉間の皺は、どんどん濃くなって行く。


「霊力が高いと、色々と大変——」


 僕が言いかけた時、御澄宮司が急に立ち止まった。


 睨みつけるような目つきに、思わず息を呑む。御澄宮司がそんな顔をするということは、何かに気が付いたのだろう。


「護符の気配を感じます。近くに、瀬名さんがいるはずです」


「えっ、どの部屋に……」


 御澄宮司が自分の口元に、人差し指を添えた。おそらく、静かにしろという意味だろう。僕は慌てて口をつぐんだ。


 歩き出した御澄宮司の、斜め後ろをついて行く。廊下の先には、山吹色の陽の光が見えた。西陽の当たる窓がある、広い空間のようだ。


 ——瑛斗は、本当に無事なのかな……。


 急に不安が大きくなり、発作のような喉の渇きを感じた。僕の脳裏には、自分へ向けられた、短剣の切っ先が浮かぶ。


 広い空間にたどり着いた御澄宮司は、足を止めた。そして、僕に視線をよこした後、山吹色の光の中に顔を入れる。


「——瀬名さん……」


 御澄宮司の小さな声が聞こえた。


「えっ」


 思わず僕も、御澄宮司の陰から覗くと、赤いソファーの上に、瑛斗が寝転がっている。目を閉じているので、もしかすると眠っているのかも知れない。


 ——御澄宮司は、瑛斗が護符を身につけているなら、無事でいる可能性が高い、とは言っていたけど……。


 僕は瑛斗の胸元に目をやった。


 瑛斗の首には赤い紐が見える。そしてその先端は、瑛斗の拳の中にあるようだ。


「御澄宮司! 瑛斗は護符を握っています!」


「えぇ。物の怪はいないようなので、行きましょう」


 御澄宮司が言い終わった瞬間に、僕は駆け出した。寝転がっている瑛斗の前に膝をつき、彼の顔を見つめる。


 ——目の前にきても起きないなんて……。また、目を覚まさなかったら、どうしよう……。


「瑛斗、瑛斗!」


 名前を呼びながら、瑛斗の頬を叩く。何の反応もないようなら、もっと力を入れた方がいいのも知れない。そう思った時。「うぅっ」と瑛斗が声を出した。眉間に皺を寄せ、口元も動いている。


 ——良かった! 前とは違う!


「御澄宮司! 瑛斗は、完全には眠っていないみたいです!」


 僕はそばにいるはずの御澄宮司を見た。しかし——。


 御澄宮司は少し離れた場所で、僕に背を向けている。


「どうしたんですか?」


 声をかけても返事はない。立ち尽くしたままで、僕からは見えない、部屋の反対側を見ているようだ。


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