暗い廊下へ出ると、冷たい空気が漂ただよっている。陽の光が入ってきていないせいだろうか。カビ臭い匂いが鼻をついて、思わず鼻先に手の甲を当てた。

　廊下の先を見ると、扉がいくつも見える。外観を見た時に大きな屋敷だとは思ったが、瑛斗を見つけるのは、そう簡単なことではなさそうだ。

「私が扉を開けて行きますので、一ノ瀬さんは後ろへ」

「思ったよりも部屋がたくさんある……。これって、全部の部屋を見ていくんですよね？」

「そうです。物の怪がいれば、部屋の外からでも気配で気付くことができますが、人間は分かりづらいですからね」

　御澄宮司は一つずつ扉を開けては、そっと中を覗く。

　御澄宮司と扉の隙間からは洋風のテーブルや、照明が見えた。壁には絵が飾ってあるが、色褪いろあせて埃ほこりをかぶっている。相当長い間、掃除はされていないようだ。

　僕は床に目をやった。床板の上は埃で白くなっていて、誰かが歩いたような跡あとはない。麗華や瑠衣は霊体なので足跡はつかないが、瑛斗が動けば、形跡けいせきが残るはずだ。

　御澄宮司は次々と扉を開ける。しかし、どの部屋を見ても、なんの形跡も見当たらない。ただそっと扉を開けては、閉めるだけだ。

　結局、何も見つけられないまま廊下の端にある部屋まで行き、最後の部屋の扉が開かれた。

「こちらの棟には、いないようですね……」

　御澄宮司が廊下の突き当たりを見た。

「こちらの棟……？　もしかして、他にも建物があるんですか？」

「表からは見えませんが、山の方側にも屋敷があるんですよ。あの扉から行けるはずです」

　御澄宮司が指差す方を見ると、廊下の突き当たりを曲がった場所には、窓のない扉がある。

「瑛斗は、そっちにいるのかも知れないですね」

「えぇ。行きましょう」

　鍵のかかっていない扉を御澄宮司が開けると、暗い廊下に、一気に風が吹き込んで来た。

　視界は目を瞑りたくなるほど明るくなり、目の前には渡り廊下と、大きな建物がある。

「本当に屋敷がもう一つある……。あっちも、大きな屋敷ですね」

「たぶん、あちらの方が古いのではないでしょうか。私が来た時には人けがなかったので、使われていなかったと思います」

　奥の屋敷へ行くための長い渡り廊下は、橋になっている。下には水があるので、池だったのだと思う。誰も手入れをしなくなった池は、緑色の藻もに覆おおわれていて、中に何かがいるかどうかは分からない。

「昔はこの渡り廊下に、ランタンがずらりと並んでいたんですよ。私がここを訪れた時は夜だったので、ランタンに照らされたこの渡り廊下が、とても幻想的だったのを覚えています」

「そうなんですね。今はランタンもないし、蜘蛛の巣だらけで、とても寂しい雰囲気ですけど」

「本当に残念です。できればもう一度、あの光景を見たかった。——さぁ、行きましょうか。板が朽ちているところがあるので、気を付けてくださいね」

　歩き出した御澄宮司の後について、渡り廊下を進む。

　奥の屋敷は、半分以上が蔦つたに覆われてしまっている。街中にある蔦に覆われたカフェはおしゃれに見えたが、目の前にある屋敷は、不気味でしかない。これが大切な友達のためでなければ、僕は絶対に入らないだろう。

　奥の屋敷へたどり着くと、玄関のドアが少しだけ開いているのが見えた。

「御澄宮司、開いてます！」

　僕は駆け寄って、ドアノブに顔を近づけた。

「やっぱり瑛斗は、こっちの屋敷にいるのかも知れません。ドアノブの埃が取れている場所があるんです」

「その可能性が高いとは思います。こちらの屋敷へ近付くにつれて、妙な気配を感じるようになりましたから」

　御澄宮司は眉をひそめた。

「妙なって、麗華とは別のってことですか？」

「えぇ。あまり感じたことがないような気配です。何なんでしょうか……。虫がたくさん集まっている場所へ、足を突っ込んだような……」

　想像すると、足の方から全身に鳥肌が立った。

「うわぁ……。やめてくださいよ」

「ははは、すみません。でも本当に、そんな風に感じるんですよ。一ノ瀬さんは、感じませんか？」

「虫がたくさん集まっている場所へ、足を突っ込んだような気配なんて、感じませんけど……」

「それは残念です。私だけが、こんな嫌な体験をするなんて……。まぁそれはさておき、行きましょうか」

「……はい」

　御澄宮司が玄関のドアを静かに開け、中へ入る。

「こっちの屋敷も、広いですね」

　僕は天井を見上げた。すると——。

　ことん、と奥の方から、微かな音が聞こえた。