駐車場の奥には、小さな公園があった。
公園といってもベンチが二つあるだけで、他に人はいない。ここなら、誰の目も気にせずに話ができそうだ。
公園の真ん中辺りまで歩いた牧田は立ち止まり、振り返った。
「まさか、
「そうでしょうね。呪術を
御澄宮司が言うと、牧田は僕を見た。
「でもお前は、多少霊感があるだけの一般人だろ? なんで、麗華の名前を知っているんだ」
「麗華が瑛斗の夢に入り込んで、自分で言ったんだよ。僕はそれを、瑛斗から聞いただけだ。まぁ、何度か直接話もしたけどな」
牧田は大きくため息をついた。牧田は、麗華に操られているというよりは、協力しているだけなのだろう。そして、納得していない部分もあるようだ。
「あんたが麗華に言われて、瑛斗をあの部屋に入居させたんだろ? なんで麗華は、あんなに瑛斗にこだわるんだ。子供の父親が欲しいとは言っていたけど、それだけの理由なら、他のやつでもいいはずだ」
「俺だって、そう言ったよ。こんな面倒くさいことをしなくても、男なんていくらでもいる。でも、瀬名に父親になって欲しいと瑠衣が言った、と麗華が言うんだ! 仕方ないだろ!」
「瑠衣が?」
「そうだよ! 自分は毎日あの父親に怒鳴られて、殴られて、つらい思いをして。それなのに友達は父親に優しくしてもらって、いつも幸せそうにしている。そりゃあ、取り替えて欲しいと思うよなぁ!」
「それは、そうかも知れないけど……。それだけ……? ただ、瑠衣がそう言ったからってだけで、瑛斗は、命の危険に晒されているって言うのか……?」
——そんなの、勝手すぎるだろ。瑛斗は本当に、ただ巻き込まれただけじゃないか。
「麗華も瑠衣も、ずっとあの男に苦しめられてきたんだ。二人にだって幸せになる権利があるんだよ!」
「だから、瑛斗が死ぬのは仕方がないって言うのか? ふざけんなよ! たしかに可哀想だとは思うけど、瑛斗には瑛斗の人生あるんだ!」
「そんなの知るかよ、うるせぇな! 前に会った時も気に入らなかったんだよ! お前の、その目! たいした力もないくせに、正義感を振りかざして、俺を批判するような目をしやがって!」
「今は、そんなことはどうでもいいんだよ! こっちは、大事な友達が被害に遭ってるんだ!」
身体が熱くなって、一歩前に踏み出そうとした時、御澄宮司が僕の肩を掴んだ。
「一ノ瀬さん。まともではない人間に、正論は通じませんよ?」
「でも!」
「分かっています。でも今は、瀬名さんを助けることの方が先です」
御澄宮司は僕の肩を掴んだまま、話を続ける。
「驅世さん。麗華という女性は、あなたの妹で間違いないですね?」
「そうだよ。あと、その驅世っての、やめろ。俺は牧田だ」
「あぁ。驅世家の一人娘だったあなたの母親が、駆け落ちをして、苗字が変わったらしいですね。まぁ、私には関係のないことですが。あなたに訊きたいのは、遺体とランタンのことですよ。父親が子供を殺し、麗華は夫を刺し殺した。その後、彼女は自分に呪術をかけて死にました。そして、瀬名さんをあの部屋に住ませるために、三人の遺体とランタンを、あなたが隠したんですよね?」
御澄宮司が言うと、牧田は困惑の表情を浮かべた。
「そんなことまで話したのか、麗華は……」
「いいえ。麗華の記憶を、一ノ瀬さんが視たんですよ」
「記憶を……?」
「えぇ。一ノ瀬さんは憑依体質で、取り憑いてきた相手の意識を読む力に長けているんですよ。そして、麗華の中に、一番強く残っている記憶を夢の中で視た。ということです。たしかに一ノ瀬さんは、そんなに霊力が強いわけではありません。でも、あの部屋で何があったのかを突き止めたのも、あなたと麗華が兄妹で、あなたが遺体を隠した犯人だということを見抜いたのも、全部一ノ瀬さんですよ」
牧田は僕を睨みつけた。見下していた僕に見抜かれたことが、悔しいのだろう。
「さぁ、遺体とランタンがある場所を教えてください。あなただってこれ以上、妹が罪を犯すのを見たくはないでしょう」
「……知らないよ。たとえ知っていたとしても、教えるわけがないだろ。俺は麗華が幸せなら、それでいいんだ」
「あなたは別に、操られているわけではありませんよね? いくら妹と仲が良かったとしても、遺体の処理までして、妹が人間の魂を奪い続けるのを黙認するなんて、私は異常なことのように感じますけどね」
牧田は、ふん、と鼻を鳴らす。
「仲が良い……。あんたは平和に生きて来たんだな。俺はなぁ、麗華を救ってやれなかったんだよ。あの男から暴力を受けているのも知っていた。ずっと別れたがっていたのに、結局、何もしてやれなかった。
麗華が霊体になって俺の前に現れた時の気持ちが、あんたに分かるか? ……絶望したよ。俺は麗華を、見殺しにしたんだって……! だから今度こそ麗華が幸せになれるように、協力するって決めたんだ!」
「協力したということは、あなたが遺体とランタンを隠したと認めるんですね」
「あぁ、そうだよ。俺は麗華ほど呪術には詳しくない。全部、言われた通りにやったんだ。だから、聞いているよ……遺体とランタンが見つからなければ、呪術は解けないんだろ?」
牧田は、ニヤリと笑った。
その顔は、左の口元が歪んでいて、目の奥には、強い決意を表すような光が宿っている。
——まさか……!
「やめろ!」
僕が叫んだ瞬間、グヂッ、と弾力があるものが潰れたような、嫌な音が聞こえた。
下を向いた牧田の口からは、真っ赤な血が、ぼたぼたとこぼれ落ちる。
——そこまで、するなんて……。
あまりのことに身体が硬直してしまい、言葉も出ない。すると横から、チッ、と舌打ちをする音が聞こえた。
「行きましょう。これ以上訊いても、こいつは絶対に吐かないんで」
御澄宮司は
「えっ? 良いんですか、あのまま放っておいて。救急車とか……」
「舌を噛んだくらいでは、すぐには死にませんよ。死にたくなけりゃ、自分で会社に戻るでしょ」
突き放すように言い放ち、御澄宮司は車に乗り込んだ。車のドアが勢いよく閉まり、バンっ! と大きな音が駐車場に響く。随分と機嫌が悪そうな御澄宮司を見て、僕の中の怒りはどこかへ行ってしまった。
置いていかれそうな予感がしたので、僕も慌てて助手席に乗り込む。
——本当に、放っておいて良いのかな……。
窓から公園の方を見ていると、ふと、窓ガラスに御澄宮司の顔が映っていることに気が付いた。僕を見ているのか、公園を見ているのかは分からないが、その目は鋭い。
「くそっ。やっぱり、やるしかねぇか……」
ぼそりと