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 僕が自分の車から降りると、白い高級車の窓から、御澄宮司が顔をのぞかせた。


「一ノ瀬さん、おはようございます。こちらに乗ってもらえますか?」


「あ、はい!」


 ——高級車に乗るのは、初めてだな。


 そんなことを考えながら助手席に乗り込むと、車は静かに動き出した。


 御澄宮司を横目で見ると、白いシャツに黒のセットアップを着ている。狩衣かりぎぬを着ている時よりも、随分と若い印象だ。


「どうかしましたか?」


 御澄宮司は前を向いたままで言う。


「えっ。見ていたのが、バレましたか?」


「えぇ。視線を感じたもので」


 やはり御澄宮司は感覚が鋭いようだ。僕なんか、呼ばれても気付かないことの方が多いのに。


「今日は狩衣じゃないんだな……と思って、見ていました」


 僕が言うと、御澄宮司はふふっと笑った。


「まぁ、狩衣だと目立ちますからね。街中に行く時は、洋服ですよ」


「そうなんですね」


 ——あの姿が目立つのは、一応分かっているんだな……。


「狩衣は、後ろに積んであるんです。物の怪と対峙する時は、着替えます」


「あぁ、着替えるんですね……」


 別にそのままでもいいような気がするけれど、こだわりがあるのだろうか。


「慣れている服の方が、動きやすいんですよ。それに狩衣の方が、道具をたくさん持っておけますからね」


「そういえば、袖から札を出しているのを見たような……」


「えぇ。——もしかして、不動産会社へ行くのに狩衣で来たらどうしよう。とか、思っていましたか?」


「えっ? ええと……」


「大丈夫ですよ。ちゃんと分かっていますから」


 御澄宮司は笑みを浮かべ、僕にチラリと視線をよこした。


「昨夜は、よく眠れましたか?」


「……実は、あまり眠れませんでした。瑛斗は今、どんな状態なんだろうと考えると、眠れなくなってしまって……」


「そうですか……。瀬名さんが護符を身につけているなら、完全に操られてはいないとは思うのですが……」


「でも、どこかへ連れて行かれてしまったじゃないですか」


「それはそうですが、瀬名さんの身体に呪術をかけることは、できないはずです。そして、殺すこともない」


「殺さない? どうして断言できるんですか?」


「殺してしまうと、ただの霊体になってしまうでしょう? あの物の怪は、瀬名さんを、自分と同じ状態にしたいんだと思うんですよ」


「霊気と呪力が混ざっている状態に……ですか?」


「そうです。そうしないと、子供の霊のように、ずっと霊気を与え続けないといけなくなりますし、尚且なおかつ、自分に従うようにしたいはずです」


「なんですか、それ……。まるで、奴隷みたいだ……」


「相手は物の怪ですからね。まともだと思ってはいけません。瀬名さんに対して、どんな呪術を使うのかは知りませんが、なんらかの条件と、呪具が必要なはずですから、すぐにどうこうはできないと思います」


「そうだと、いいんですけどね……」


 どうしても僕の脳裏には、二度と目覚めることがなくなった瑛斗の姿が浮かんでしまう。


「信じましょう。さっきも言った通り、護符を持っているなら、完全に操られてはいないはずです。瀬名さんの意識があるなら、無事でいる可能性の方が高いですから。一番重要なのは、『条件』なんです。自分に従わせるような呪術を使う場合は、相手にそれを、認めさせるような条件が必要な場合が多い。瀬名さんの意識があれば、絶対に認めないでしょうからね」


「条件については前に、神原社長にも言われました。返事には気をつけろと。それから、何かを渡されても、受け取ってはいけないと言われました」


「そうです。契約が成立してしまいますからね」


 ふと、麗華が自分に呪術をかけた時のことを思い出した。短剣に札を刺し、麗華はその短剣を、自分の胸に突き立てたのだ。もし、瑛斗にかける呪術が、同じ方法だったら——。


 冷たいものが背筋を這い上がる。


「あ。一ノ瀬さん、ここですか?」


 御澄宮司に言われて、窓の外に目をやると、牧田がいる不動産会社の店舗が目に入った。


「そうです。ここです」


 ——今度こそ、何もかも、全部聞き出してやるからな。


 膝の上で拳をギュッと握りしめた。


 なんの証拠もないが、確実に牧田が関わっているという確信がある。どうやって吐かせたらいいのだろうか。牧田が呪詛を専門としていた家の血筋なら、牧田も霊が視えている可能性が高い。それなら、亡くなっていたあのおじいさんを証人にして、話を進めることができるかも知れない。


 駐車場に車を駐めて外へ出た御澄宮司は、腕を大きく回して、首を鳴らす。


「さぁ、行きましょうか」


 僕の方を向いたその表情は、どことなく楽しそうにも見える。まるで、今からスポーツでもしようかというような、生き生きとした表情だ。


 僕の中の御澄宮司の印象は、段々と変わりつつある。神職に就いている人だということを、忘れてしまいそうだ。


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