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 古い日本家屋の前に立つと、家の中は真っ暗だ。


「ほら、もう寝てますって!」


 小声で言うと、なぜか御澄宮司は、大きなため息をつく。


 ——なんで、ため息をつくんだよ。誰がどう見ても、寝てるじゃないか。


「一ノ瀬さん。おじいさんを思い浮かべて、呼んでみて下さい」


「は?」


「いいから。はい! おじいさんを思い浮かべて」


 御澄宮司は後ろから僕の両肩を掴み、家の方へ差し出した。


「おじいさんを呼んでください」


「えっ? お、おじい、さん」


「違います。声に出すんじゃなくて、念じてください。ちゃんと、おじいさんを思い浮かべてくださいよ?」


 意味が分からないが、やらないと、御澄宮司は引きそうにない。僕は仕方なく目をつむって、心の中で唱えた。


『おじいさん。話を聞かせて下さい——』


 しばし待っても、なんの音も聞こえない。ただ涼しい風が、ふわりと身体に当たるのを感じただけだ。


 ——こんなので、起きてくれるわけ……。


 目を開くと、白い人影があった。それは見覚えがある人物だ。


「え……おじいさん? なんで……」


「一ノ瀬さんが話をしたのは、この方ですか?」


「そうです……。でも、なんで……」


「よく視てください。この方はもう——亡くなっています」


 御澄宮司がそう言うと、おじいさんはおだやかな笑みを浮かべた。


「やはり、気付いていなかったか……。私の娘が、あんなに変な顔をしていたのにね」


 おじいさんは僕を見ながら、ふふっと笑う。


 たしかに、おじいさんの娘は怪訝けげんそうな顔をしていた。あれは、詐欺師だと思われていたわけではなかったのかも知れない。おじいさんが亡くなっているということは、霊が視えない娘からすれば、僕は一人で喋っているおかしな奴だ。


「つまり一ノ瀬さんは、霊体のこの方を、生きている人間だと思い込んでいた。ということです」


 御澄宮司は、再び大きなため息をついた。


 なにも、そんなに大きなため息をつかなくても。とは思ったけれど、何も言い返せない。生きている人間と霊体の区別がつかないなんて、自分でもどうかしていると思う。


 呆然としている僕に構わず、御澄宮司は話を続ける。


「私たちが知りたいのは、麗華という女性のことです。彼女が前に住んでいた場所や、よく行っていた場所を知りませんか?」


「うーん……。あぁ、そういえば……。子供の頃に、祖父の家に行ったという話を、何度も聞いたなぁ。そこは大きな屋敷で、綺麗な着物を着せてもらって、姫様になった気分だったと、楽しそうに話していたよ。また行きたい、とも言っていたな。それと、屋敷が霊山にある、というようなことを言っていたかな?」


「霊山、ですか」


「あぁ。霊山なんて普段聞く言葉ではないし、珍しい話だったから、覚えていたんだよ」


 僕と御澄宮司は顔を見合わせた。


「やはり麗華という女性は、呪詛を専門としていた家の、直系でしょう。『祖父の家』と言ったのなら、最後の当主の孫にあたる可能性が高い。あの家系は途絶えたことになっていますが、家を出た人間がいたんですよ」


「だから、妙な呪術が使えたってことですよね。——もしかして瑛斗は、その家に連れて行かれたんじゃ……」


「そうかも知れません。ここからは、車で二時間程かかる距離です。今からでも、行けないことはないですが……。私としては、先に遺体と呪具を捜したいんですよね。瀬名さんを見つけたとしても、その二つを捜し出さない限り、また同じことが繰り返されるだけだと思うんです」


「でもそんなの、どうやって捜すんですか? 何の情報もないのに、闇雲に捜しても、見つかるわけがないですよね。あっ。遺体も、瑛斗が連れて行かれた先にあるとか!」


「うーん……。ないとも言えませんが……。遺体の隠し場所については、私も色々と考えていたんです。どこかに隠すとなれば、やはり、このマンションの近くだと思うんですよね。だって、子供はいいとしても、大人二人分の遺体を、車で二時間もかかる場所に移動させるのは、あまり現実的ではないでしょう? 


 前にも言いましたが、霊体の麗華が、生身の人間の遺体を移動させたとは、考えられません。もし、誰かを操っていたとしても、一人では無理だと思います。もしかすると、数人いたのかも知れませんが、それだと、発覚する可能性が高くなりますし……」


 御澄宮司は腕組みをして、唇をんだ。


 ——あれ……?


 険しい顔をしている御澄宮司を見ていると、ふと、疑問が浮かぶ。


「……なんで、三人分の遺体を運ぶんですか?」


「え?」


「麗華は、旦那を憎んでいたんです。それなのに、三人で一緒にいたいなんて、思わないような気がします。自分と瑠衣の遺体は一緒に。旦那の遺体は、どうでもよかったんじゃないかな、と思って……」

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