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 古いマンションの駐車場に、車を駐める。


 隣には白い高級車があって、すぐに御澄宮司の車だと分かった。


 ——鍵を貸してもらえなかったって、言いづらいな……。


 重い身体をなんとか動かして、車から降りる。


 古いマンションの駐車場は真っ暗で、足元もよく見えない。暗闇に包まれているせいか、気持ちもどんどん重くなって行った。


 今は絶望しか感じないが、全てが元通りになって、また瑛斗と笑い合える日は来るのだろうか。それとも、もう——。


 ——僕がこんなんじゃ、ダメだ。


 気持ちを切り替えるために、両手を大きく広げて、息を吸い込んだ。


 顔を上に向けて目を開けると、白く輝く満月が目に入り、夜空のはずなのに、まぶしく感じた。いつもより、星がたくさんあるような気がするのは、ここが暗いからなのだろうか。


「一ノ瀬さん」


 ささやくような声が降ってきた。


 三階の廊下には、白い手が揺れている。


「ん? 御澄宮司……?」


「私が行きますから、一ノ瀬さんはそこで待っていて下さい」


「あ、はい。分かりました」


 ——まだ、鍵を貸してもらえなかったことは言っていないのに、なんで下りてくるんだろう?


 しばらくすると、足音が近付いてきた。


「一ノ瀬さん、お疲れ様です」


 黒っぽい上下の服を着た御澄宮司が、僕に駆け寄る。だから、手しか見えなかったのだろう。


「御澄宮司……。実は、鍵を借りることが、できなくて……」


「あぁ、大丈夫です。ここには瀬名さんも、物の怪も、いないと思います」


「なんで、そんなことが分かるんですか?」


「私は、気配には結構敏感なもので。一ノ瀬さんが来るまで、ずっと気配を探っていたのですが、何も感じませんでした。それより、もしかして……」


 さすがは御澄宮司だ。かんがいい。


「……瑛斗の奥さんも、記憶を消されていました……」


「やはり、そうですか……。うーん……。どうしましょうかね。なんの手掛かりも掴めない今の状況では、一ノ瀬さんを捜しようがないですね」


「そうですよね……」


 二人の間に沈黙が流れ、虫の声だけが聞こえた。


「誰か、あの物の怪が生きていた頃のことを、知っている人はいないのでしょうか。どこかへ行くとしたら、生きていた頃に知っていた場所のはずです。彼女が以前はどこに住んでいたとか、よく行っていた場所などが分かれば、手掛かりを掴むきっかけになるかと思うのですが……」


「知っている人……。そういえば、近所のおじいさんが、麗華とよく話をしていたと言っていました。すぐそこの、一軒家のおじいさんです!」


 僕は古い日本家屋を指差した。


「でも、こんな遅い時間に、話を聞くことはできないですよね……いくらなんでも、失礼なような……」


「あの家、ですか……」


 御澄宮司はそう呟いて、家をじっと見つめた。


「うん。行ってみましょう」


「えっ⁉︎ もう、二十三時ですよ?」


「いいから! ほら、行きますよ」


 御澄宮司に背中を押されて、おじいさんの家へ向かった。


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