——僕の
「瑛斗だよ」
もう一度、声を大きくして、はっきりと言った。
『瑛斗……。誰のこと?』
「……えっ?」
『俺も知ってる奴のことだよな。下の名前が瑛斗のやつなんて、いたっけ? いつもは、なんて呼んでる?』
「なんて呼んでる、って……。瑛斗は、瑛斗だよ……」
『俺は、瑛斗って名前のやつは、知らないけど。他の友達と、間違えてないか?』
胸が激しくざわつき、吐き気がした。携帯電話を持つ手が、震えているのが分かる。
——神原社長と同じだ……。
やはり、神原社長の記憶を消したのは、麗華に違いない。そして慎也の記憶も消したのだろう。
——もしかして、自分と瑛斗のことに関する記憶を消してまわっているのか? そうだとすれば、
『おーい、
慎也が何かを言っていたが、構わずに電話を切った。そして、御澄宮司に電話をかける。
コール音がしてすぐに『はい』と聞こえた。
「御澄宮司! 僕です! 一ノ瀬です!」
『はい。分かりますが……』
御澄宮司は静かに言う。
——僕のことは覚えている!
「じゃあ、瑛斗のことは? 瀬名瑛斗のことを覚えていますか?」
『えぇ。もちろん』
「あ……良かったぁ……」
——御澄宮司の記憶まで消されていたら、僕一人ではどうにもならなかった。助かった……。
『もしかして、何かありましたか?』
御澄宮司の冷静な声に、少しだけ落ち着きを取り戻した。一度、大きく深呼吸をしてから口を開く。
「実は、瑛斗の行方が分からなくなっているんです。それと、神原社長と、僕の友達の記憶が消えています。もしかしたら麗華が、自分と瑛斗に関する記憶を、消して行っているのかも知れません」
しばらくの間、沈黙が流れた。御澄宮司も戸惑っているのだろう。
『随分と、早かったですね……』
「僕も、そう思いました。こんなに早く力を取り戻すなんて……。神原社長と友達の記憶が消えていて、御澄宮司の記憶まで消えていたら、どうしようかと思って……」
僕が言うと御澄宮司は、ハハッと笑った。
『そう簡単に、私に近付くことはできませんよ。私は霊力が強いので、乗っ取られると、面倒なことになりますからね。ちゃんと対策はしています。それに、いくらあの物の怪の力が強いと言っても、この神社の結界の中には入れないでしょう。それで、瀬名さんはいつ頃いなくなったんですか?』
「夕方の十八時頃に、今から帰る、と連絡があったみたいなんですけど、まだ帰っていないんです。瑛斗は今、引越しの準備をしていて、昨日からは新しい部屋に寝泊まりをしていたようなんですけど……」
『引っ越せることになったんですね』
「はい。やっと引っ越せることになったのに、こんなことになるなんて……。奥さんも、前のマンションに様子を見に行ったと言っていましたが、いなかったそうです」
『なるほど……。もしかすると、瀬名さんに手が届かなくなると思って、急いだのかも知れませんね。今度こそ邪魔が入らないように、周りの人間の記憶を消したかったはずですが、私や一ノ瀬さんには近付けなかった。だから、せめてこれ以上は、邪魔をする人間が増えないように、他の人間の記憶を消そうと思っているのか……』
「そうかも知れません。でも、瑛斗は護符を持っているはずなんです。なぜ連れて行かれたんでしょうか。それが分からなくて」
『うーん……。私もあの護符さえ持っておけば大丈夫だろう、と思っていましたが……。もしかすると瀬名さんは、仕事帰りに、うたた寝でもしたのではないでしょうか』
「あ……。瑛斗は電車で通勤をしていたはずです。電車の中で、居眠りをしたのかも……」
『その可能性が高いですね。電車の中では周りに知り合いはいなかったと思うので、邪魔をされることもありません。あの物の怪は、瀬名さん以外の人間を嫌うので、知り合いがいない中で眠ったところを狙われたのだと思います。たしかに護符を持っていれば、取り憑かれないようには出来ますけど、あの化け物は、夢の中に入ることができますよね? さすがに夢の中までは、護符の効力が届かなかったのかも知れません。……本当に、厄介ですね』
「どうしたらいいんでしょうか……」
『とりあえず、あのマンションへ行ってみましょう。瀬名さんの奥様に見えなくても、私なら何か、分かることがあるかも知れません』
「分かりました。僕は奥さんから、鍵をもらってきます」
『えぇ。お願いします。私も今から、そちらへ向かいますので、マンションの前で待っていてください』
「はい。よろしくお願いします」
電話を切った後、僕はバッグを