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 午後に何をしていたのかは、覚えていない。


 神原かんばら社長と話をした後は、熱に浮かされているような状態だった。色々なことが脳裏を巡っていて、パソコンの画面を見ても、何も頭に入ってこなかったのだ。


 単身用マンションの三階にある、自分の部屋に帰り、そのままベッドに寝転がる。カーテンを閉めずに寝転がったので、顔の左側に西陽が当たった。まぶしくて思わず目を細めたが、もう一度立ち上がる気力はない。


「疲れたな……」


 無意識に声が出た。今日一日で、何度ため息をついただろうか。


 僕は仰向けのまま、右手の甲を額に当てる。


 ——手の甲が冷たくて、気持ちが良い……。色々と考え過ぎて、熱が出たのかな……。


 僕は目をつむった。


 どこかの部屋のドアが閉まる音がして、廊下を歩く音が聞こえる。遠くでは、サイレンが鳴っている。救急車だろうか。マンションの前を、車が通過した。


 普段は特に気にしたことはなかったけれど、こうして目を閉じていると、色んな音が聞こえてくる。


 ——そういえば、夢の中に麗華れいかが現れた時は、なんの音も聞こえなかったな。


 ただ真っ白な、何もない世界。僕はあんな世界にいたいとは思わない。




  ……リリ、リリリリリ


 静寂せいじゃくの中で突然、甲高い音が鳴り響いた。僕の携帯電話の着信音だ。


 身体が、びくんとねて目を開けると、部屋の中は暗闇に包まれていた。どうやら、うたた寝をしていたようだ。


 顔の近くにある携帯電話を手に取り、画面を見ると、『瀬名せな 里帆りほ』と表示されている。


瑛斗えいとの奥さんだ。どうしたんだろう……」


 僕は不思議に思いながら、電話に出た。


「はい」


『あっ。遅い時間にすみません』


 遅い時間に、と言われたので、目覚まし時計に目をやると、『21:25』と表示されている。


「いえ、大丈夫ですけど……。どうかしたんですか?」


『あの、実は、主人が帰って来なくて……。十八時くらいに、今から帰ると連絡があったんですけど、まだ帰らないんです。何度も携帯電話を鳴らしたんですけど、出てくれなくて……。主人から、何か連絡はなかったでしょうか』


 ——十八時に連絡があったのなら、もう三時間以上は経ってるってことか。


「僕の方には何も……。今は、まだ古いマンションの方に住んでいるんですか?」


『いいえ。本格的な引越しはまだですが、昨日から新しい部屋の方に住み始めたんです。色々と、片付けがあるので……。それで昨日は仕事が終わってから、三十分もしない内に帰ってきたんですけど、今日はまだ帰って来ないのでおかしいなと思って。前に帰って来なかった時は、一ノ瀬さんと食事に行っていたんですよね? それで、一ノ瀬さんにお電話を……』


 奥さんの声は暗い。心霊現象に悩まされ、やっと引っ越せたかと思ったら、今度は旦那が帰ってこないのだ。不安でたまらないのだろう。


「そうですか……。前のマンションに、荷物を取りに行ってるってことはないですか?」


『私もそう思って、車で行ってみたんですけど、いませんでした。主人の実家の方へも行っていないようなので、他に心当たりがなくて……』


「分かりました。僕も友達に連絡してみます。何か分かったら、すぐに連絡しますね」


『色々と、すみません……。よろしくお願いします』


 奥さんとの通話を終えた後、僕はそのまま慎也しんやに電話をかける。


 三人で食事に行った時に、連絡先を交換していたので、もしかすると、その後も連絡を取り合っているかも知れない。と思ったからだ。


 三回コール音がした後、慎也が電話に出た。


『おぉ。どうした?』


「お疲れ。ちょっと聞きたいことがあってさ。瑛斗が家に帰ってないみたいなんだけど、何か知らないか?」


『——ん? 誰が?』


 慎也は怪訝けげんそうな口ぶりで返す。


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