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 御澄宮司は瑛斗に、『手応えはあった』と言っていたはずだ。


「気配の消え方が妙だった。と瀬名さんにお伝えしましたが、なんというか……。あの物の怪自体が力を持っているわけではなくて、力の供給源が別にあるような気がしたんです。そうなると、いくら物の怪を攻撃しても、またすぐに力を取り戻してしまうんです。『力の供給源』と言って思いつくのは、やはり、身体とランタンなんですよね……」


 御澄宮司は眉間に皺を寄せ、腕組みをした。


 遺体を捜すと言っても、もう事件が起きてから、三ヶ月近く経っている。その間、警察でさえ、事件が起きていたことを把握していない状態なのに、どうやって遺体を捜せばいいのだろう。


 ——そういえば、麗華や旦那には、他に親族はいなかったのかな。三ヶ月も音信不通なら、普通は誰かが気付くような気がするけど……。


 御澄宮司は大きなため息をついた。


「とりあえず、今日は帰りましょうか。私も、もう一度対策を練り直します」


「分かりました……」


「それから——」


 御澄宮司は狩衣かりぎぬの袖に手を入れ、光るものを取り出した。


「一ノ瀬さんは、この数珠を、肌身離さず持っていてください」


 濃い紫色の水晶で作られた数珠には、金色の文字が入っている。魔除けの札に書いてある文字と似ている気がするので、魔除けの効果があるのだろうか。


「はい……」


 僕は御澄宮司から数珠を受け取り、左腕にはめた。房もついていないし、色が濃いので、これなら仕事中につけていても、そんなに目立ちはしないだろう。


 ——あれ? この数珠……妙な感じがする。それに、微かに甘い匂いが……。


「気が付きましたか?」


 御澄宮司は微笑む。


「この数珠も、呪具なんです。瀬名さんに渡した護符と同じように、魔除けの効果もありますが、霊体を攻撃する力もあります。霊力がある人間なら、この数珠をつけた手で霊体を触れば、消すことができるんですよ」


「消す……?」


 心臓が、どくん、と嫌な音を立てた。


「この数珠は、一ノ瀬さんの霊力を溜め込みます。もしまた、あの物の怪が現れたら、数珠をつけた手で、物の怪を祓ってください」


「僕が……やるんですか?」


「はい。一ノ瀬さんは、もう何度もあの物の怪と接触しています。言い方は悪いですが、今までは獲物として認識されていたでしょう。物の怪も完全に自分の方が強い、と思っているでしょうから、消されるなんて考えもしないはずです」


 ——そうかも知れないけど、僕が、麗華を祓う……?


 心臓の鼓動が、頭の中に響く。数珠に目をやると、自分の手が小刻みに震えていることに気が付いた。


 前に護符を押し当てた時には、効くかどうかも分からない状態でやったからできたのだ。でも今は、紫鬼しきに斬られたらどうなるかを、視てしまった。この数珠が呪具なら、同じようなことが起こるのだろう。


 ——あんなに苦しそうな叫び声をあげて、一気に気配が弱くなって行って……『死』を感じたんだ。それを、僕がやるのか……?


 氷水でも被ったように、身体が冷たくなって行った。


「一ノ瀬さん。死んでしまったものは、そこで時が止まってしまう。それは、一ノ瀬さんも理解していると思いますが、あの女性は自らに呪術をかけ、死んで物の怪になってしまったんです。話が通じる相手じゃない。あれはもう、瀬名さんから離れないでしょう。瀬名さんを守るには、あの女性を祓うしか、方法はないんです」


 御澄宮司は、僕の目をじっと見つめた。


 ——分かっているけど、でも……。


「本当に、他に、方法はないんでしょうか……」


「私には、思い当たりません。せめて、遺体とランタンが見つかれば、何か手があるかも知れませんが……難しいと思います」


 専門家の御澄宮司が言うのなら、そうなのかも知れない。でも僕に、麗華と瑠衣を消すことなんて、本当に出来るのだろうか。


 左腕につけた濃い紫色の数珠は、うっすらと光を帯びている。僕の霊力が、少ないながらも溜まって行っているのだろう。


 瑛斗を守りたい、という気持ちとは裏腹に、自分の前に麗華が現れないことを願っている僕がいた——。


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