「あの……。これでもう、大丈夫なんですよね……?」
瑛斗は不安げな目で、御澄宮司を見る。
しばしの間、沈黙が流れた——。
「……申し訳ありませんが、はっきりと大丈夫、とは言えません」
御澄宮司は眉根を寄せて、瑛斗から目を
——どういうことだ? さっき、麗華は紫鬼に斬られたはずだ。
「たしかに、手応えはあったのですが……。気配の消え方が妙だったような気がするんです。消えるというよりは、薄れて行く感じで……」
「そんな……! じゃあ、また現れるかも知れないってことですか?」
瑛斗は声を大きくした。
「今は、なんとも言えない状況です……。ただ、もし祓うことができていなかったとしても、かなり弱っているはずです。しばらくの間は、現れることはありません。念の為、部屋の中にも魔除けを施しておきますし、瀬名さんは、その護符を身につけていれば大丈夫です。そして、とにかく早く引っ越してください。瀬名さんが出て行った後は、この部屋には結界を張り、二度と人を入れないようにしてもらいます」
「分かり、ました……」
瑛斗は護符を両手で握りしめた。分かったとは言っていても、言葉とは裏腹に、心配で仕方がない、といった表情に見える。
御澄宮司が全ての部屋に、魔除けの札を貼って行く。
その様子を、僕と瑛斗はただ立ち尽くしたままで、眺めていた。僕は心が苦しくて、瑛斗はおそらく不安な気持ちが大きくて二人共、言葉が出ない。
御澄宮司が貼った、白い札に書かれた朱色の文字は、相変わらず読めなかった。漢字のようにも、絵のようにも見えるのだ。魔除けの札なんて、今回のことがなければ、僕は一生かかわることがなかったものだと思う。
——なんで、こんなことになったんだろう……。
何度も心の中で
奥さんと娘は帰ってこないので、瑛斗は実家に泊まるらしい。さすがに、この部屋に一人で残るのは嫌だったのだろう。御澄宮司が札を貼り終えるのを待って、三人で外へ出た。
「今日は、ありがとうございました」
瑛斗は御澄宮司に頭を下げ、自分の車に乗り込む。シートベルトをしめ、エンジンをかけてから、僕を見た。そして口元にだけ微かな笑みを浮かべ、手を振る。
僕も無理に笑顔を作り、手を振りかえすと、瑛斗は車を発進させた。
「——でも。どうして、瀬名さんだったんでしょうね」
御澄宮司は、遠ざかっていく瑛斗の車を見ながら呟く。
「えっ?」
「信子さんからは、子供の霊が、仲が良かった瀬名さんの娘を、このマンションに呼んだのではないか、と聞きました。そして、その母親であるあの物の怪が、瀬名さんを気に入ったのではないか、と。それにしてはどうも……。瀬名さんに、執着し過ぎているような感じがするんですよね」
「それは、僕もそう思いました。子供の父親が欲しいだけなら、別に他の人でもいいような気がするんです。それに、子供は普通の霊なのに、生きている人間を呼ぶような力があるでしょうか?」
御澄宮司は、三階にある瑛斗の部屋を見上げる。
「おそらく生きている時に、すでに瀬名さんに対して執着があったのでしょう。瀬名さんは、あの物の怪のことを知らないようでしたが」
「はい。麗華はいつも帽子とマスクをつけていたようで、瑛斗は麗華の顔を知らなかったようです。それに、挨拶をしたことがあるくらいで、親しいわけではなかったと言っていたんですけどね」
「そうですか……。本当に、分からないことだらけですね」
もっと情報があれば、想像することくらいはできるが、今の段階では何を考えても、疑問ばかりが湧いてくる。
「先ほどは、瀬名さんがいたので言わなかったのですが——もしかすると、遺体とランタンの本体を見つけないことには、完全に祓うことは出来ないかも知れません」
「どうしてですか?」