麗華の両手が、僕の顔に近付く。
全てが、スローモーションのように、ゆっくりと動いているように感じた。麗華が口元に、微笑を浮かべる。
僕が息を呑んだ、その時——。
ヒュッ、と空を切る音が聞こえ、次の瞬間、美しい顔の真ん中に紫色の光が走った。
——えっ……?
「ぎゃあぁあぁぁ!」
麗華は耳を
紫鬼が大鎌で、麗華を斬ったのだ。
紫色の光は強くなり、逆に麗華の気配は、急速に弱くなっている。
視界が広がると、僕の目の端に、瑠衣が駆け寄る姿が映った——。
「ままぁ……!」
瑠衣は、今にも泣き出しそうな顔で、小さな両手を麗華に向けている。
「あ……」
胸の奥が、締め付けられるように痛んだ。奥歯をぐっと噛み締めながら視ていると、二人は白い靄へと姿を変え、消えて行った。
冷たい空気も、押しつぶされるような圧迫感もなくなり、静寂に包まれる。それでも、胸の奥は痛いままだ。
呆然としながら、二人が消えた場所を見つめていると、頬を温かいものが伝って行った。頭の中が真っ白で何も考えられないのに、今感じているのが、悲しみと苦しみだということは分かる。
麗華に駆け寄る瑠衣の姿が、
「終わった……のか? 蒼汰……どうしたんだよ。大丈夫か?」
瑛斗が僕の背中をさするが、なんの反応もできない。
ふぅっ、と御澄宮司が息を吐く。そして床に転がっている鞘を拾い上げ刀を納めると、黒い革製のバッグの上に置いた。
「話には聞いていましたが、一ノ瀬さんは、影響されやすいんですね」
御澄宮司が近寄って来て、僕の背中を強く二回叩く。
神原社長がいつも同じことをやるので、僕に
でも別に、麗華の霊気に影響されたわけではないと思う。
目の前で斬られた母に駆け寄る、幼い子供の姿を視たからだ。あの、恐怖と悲しみが入り混じった顔を、御澄宮司は視なかったのだろうか。助けてもらったのは理解しているが、礼を言う気にはなれなかった。
僕の視線の先にある床に、水滴が落ち続ける間は、口を開かなくてもいいだろう。そう思った。