僕が思わず息を呑むと同時に、御澄宮司が口を開いた。
「この部屋で、三人もの人間が亡くなっているんですよね? それなのになぜ、事件になっていないのでしょうか。警察にも、そんな記録はないんですよね」
「えっ? 警察にも?」
「えぇ。いくら物の怪が強い力を持っているといっても、霊体なので、生身の人間の身体を運ぶなんてことは、出来ないはずなんです。もしかすると、幻覚を視せるような力のせいで、遺体があることに気付いていないだけかも知れない、と思いましたが……やはり、ここにはありません。ランタンの本体だけではなく、遺体は、どこにあるんでしょうか」
——だから、事故物件のサイトをいくら調べても、この部屋のことが出てこなかったのか……!
「それと、この部屋の霊気の濃さは異常です。一度に三人も亡くなっていることもあると思いますが……。亡くなってから、そんなに時が経っていないのではないでしょうか。瀬名さんがここに入居したのは、いつですか?」
「三ヶ月くらい前です」
「三ヶ月……。それなら、事件が起きたそのすぐ後に、瀬名さんは入居されたんじゃないでしょうか。私は霊力が強い方なので、この家の中にはまだ、大量の血液が流れていたと思われる、匂いの記憶を感じます。鉄が
「はい、そうです! 霊気が強いからだと思っていたんですけど、それにしても眩暈が酷いなと。でもたしかに、麗華の記憶を視た時は、血液の匂いがきつくて、酔ったような感覚があったと思います。あの匂いを、御澄宮司は今も感じている、ということですか?」
「えぇ。この匂いは記憶ですから、次第に薄れていくはずなんですよね。それなのに、まだこんなに強く残っている。断言はできませんが、事件が起きてから、そんなに時が経っていないはずなんです」
「でも、そんなにすぐに、入居者の募集を開始するでしょうか。殺人事件があった部屋ですよね? 僕が視た部屋は血だらけで、かなり酷い惨状でしたから、いくら事件があったことを隠したとしても、壁紙や床も、全部張り替える必要があったはずです」
特に、あの真っ赤に染まった床は、掃除をしたくらいで隠せるようなものではなかった。
「普通は、そうですよね……。私も今日、ここへ来て、確実に事件が起こったことは確信しました。かなりの量の血が流れたことも分かります。ですが、遺体もなければ、殺人事件があった証拠すらないんですよ。おかしいですよね……」
僕たちの間に、沈黙が流れた。
やっと、死んだ麗華がどうやって物の怪のように、強い力を手に入れたのかが分かったのに、今度は事件がなかったことになっているなんて——。
三人もの人間が死んだ、あの凄惨な事件を、誰がどうやって隠したというのだろうか。
御澄宮司が、ふうっ、と大きく息を吐いた。
「これ以上は考えても仕方がありませんね。今はまだ情報が少な過ぎますから。私はとりあえず、準備をしますね」
御澄宮司は、持ってきた革製の黒いバッグから、光沢のある白い布を取り出した。そして麗華が自分を刺した場所に、その布を敷く。布は一メートル四方で、真ん中には魔法陣のようなものが書いてある。
「この上に立っていれば、物の怪からは視えません」
御澄宮司はそう言いながら、布の四隅に紫色の水晶を置いた。視えないということは、結界か何かなのだろう。
目を凝らすと、光沢のある白い布の上が、紫色に淡く光っているように視えた——。