御澄宮司は
「やはり何か、隠していることがありますね? 瀬名さんの安全の為ですから、全部話してください」
「……はい」
瑛斗を守る為には、御澄宮司にすべてのことを話した方がいい、と分かっているのに、どうしても、後ろめたい気持ちになってしまう。
口を開こうとすると、また、麗華の記憶がよみがえった。まるで、僕が言うのを、邪魔するかのように——。
「昨夜、夢を見たんですけど……あれは、普通の夢ではありませんでした。瑛斗の家に取り憑いている霊の——麗華という女性の記憶だと思うんです。麗華は、夫に暴力を振るわれていたようで、その夫が逆上して、子供を殺して……。そして、麗華は夫を刺し殺して、その後、自分も死にました。
なんとなく、その時に見た、アンティークのランタンが気になって……。ランタンの中には、読めない文字が書いてある札がたくさん入っていて、麗華はその札を短刀に刺してから、自分に向けました。あれが、何かの呪術だったんだと思います。
それにあのランタン……。信じられないかも知れませんが、麗華はあれに、抜き取った魂を入れていたんです。魂を逃さずに捕らえておけるあのランタンは、もしかすると御澄宮司が持っている刀と同じ、呪具なのかも知れないなと思って……」
「なるほど……」
御澄宮司は眉間に皺を寄せ、考え込んでいるようだ。そしてしばらくすると、大きく息を吸った。
「一ノ瀬さんの言う通り、そのランタンは呪具だと思います。ただ、本体は別の場所にあるんだと思います。今、物の怪が持っているのは、先程刀から出てきた紫鬼が持っている大鎌と、同じような状態なんだと思います」
「そうですか……。でも、なんで麗華は、そんなことができたんでしょうか。普通の人間はそんな力も、知識も、ありませんよね?」
僕だって、今回のことがなければ、呪術や呪具なんていうものが、本当に存在するとは思っていなかった。
「そうですね……。一ノ瀬さんの話を聞いて、思い出したのですが……。昔、呪符を使った呪術を得意とする一族がいたんです。平安時代から続く家で、呪いをかけることを生業としていました」
「呪い……」
「えぇ。強い霊力を持った一族でした。しかし、私がまだ学生の頃に、その家は絶えたはずなんですよね……。後継が生まれず、最後の当主が亡くなって」
「その家と麗華が、どう関係があるんですか?」
「ランタンですよ。私は子供の頃にその家に行ったことがあるのですが、ご神体がランタンで、珍しいなと思ったので覚えていたんです。ご神体といえば、鏡や刀のことが多いので。呪符とランタン。珍しい組み合わせのこの二つが、偶然揃ったとは思えません」
麗華が特殊な知識を持っていたのは確かだ。そんな家があったのなら、本当に何か関係があるのかも知れない。
「御澄宮司は、そのランタンがどんなものだったか、覚えていますか?」
「うーん……。子供の頃のことですからね……。でも、丸い形の透明のガラスで、金属の蓋のようなものがあって、すごく綺麗だな、と思ったのは覚えています」
「それって、菱形の模様があるガラスで、金色の蓋には、細かい装飾が施してあったんじゃないですか? アンティークのランタンです」
「そうです! それです! 一ノ瀬さんも、そのランタンを視たんですね?」
「はい」
「やはり物の怪は、その家の出身か、あるいは親戚ということで、間違いはなさそうですね。そういった力は、血で受け継がれるものなんです。あとは、どんな呪術を使っていたのかを調べれば、物の怪を祓う糸口が、見つかるかも知れませんね」
——祓う……。
僕は、御澄宮司が持っている刀に目をやった。
麗華や瑠衣を祓う時は、おそらくまた、あの紫鬼という女性を使うのだろう。僕にやったように、あの大きな鎌で斬ることになる。生きている人間は斬れないようだが、霊体の麗華や瑠衣は——。
もっと何か、別の祓い方はないのだろうか。
自分に短刀を向けた時、麗華の手は震えていた。いくら子供の為とはいえ、誰だって、死ぬのは怖い。大鎌を向けられたら、あの時のことを思い出してしまうかも知れない。瑠衣だって、きっと怖がるに決まっている。
夢の中で聞いた瑠衣の泣き声が、脳裏によみがえる。
「ダメですよ、一ノ瀬さん」
御澄宮司の声が、記憶をかき消した。御澄宮司は僕の目を、真っ直ぐに見る。なんだか心の中を覗かれているようで、僕は思わず目を逸らした。
「この世のものではないものに、同情してはいけません。理由はどうあれ、その麗華という女性は、自ら物の怪になったんです。この世の理から外れてしまったのなら、私は彼女を、祓わなければなりません」
「……分かっています……」
——別に、同情しているわけじゃないよ。
僕だって、瑛斗の方が大事だ。でも……これ以上、あの二人に苦しんで欲しくない。そう、思ってしまったんだ——。