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 マンションに着くと、瑛斗は外で待っていた。


 車を目の前に止め、視線がぶつかると、彼は笑顔で小さく手を振る。本当に、元に戻ったようだ。


「おはよう」と言いながら、助手席に座った瑛斗の首には、赤い紐が見える。


「これ、ちゃんと着けてるよ」


 僕の視線に気付いたのか、瑛斗は赤い紐の先を、服の中から引っ張り出した。紐と同じ赤色の、小さな巾着袋だ。


「奥さんが、ちゃんと作ってくれたんだな」


「うん。魔除けの護符が入っているから、絶対に外すなって言われたよ」


「それは僕からも言っておく。絶対に、外すな! 僕と奥さんが、どれだけ心配したと思っているんだ。大変だったんだからな」


「聞いたよ。ごめん。本当にありがとう」


 瑛斗は自分の顔の前で手を合わせ、頭を下げる。


「まぁ、元に戻ってくれたから、もういいよ」


 僕が言うと瑛斗は、はにかむように笑った。


 もう二度と、彼の笑顔を見ることはできないのではないか、と心配していたので、思わず頬が緩んだ。


「じゃあ、行こうか」


 僕は車を走らせた。


 霊媒師がいる神社までは、一時間もあれば着くだろう。高速道路の出口からは、二十分程で辿り着けると、神原社長が言っていた。


 ——本当に、社長がいてくれて良かったよな。


 瑛斗が元に戻ったのも、霊媒師に会うことができるのも、全部、神原社長のおかげだ。感謝してもしきれない。もし社長がいなかったら、瑛斗はどうなっていたことか——。


「奥さんから、大体のことは聞いたのか?」


「あぁ。今から霊媒師さんのところに、話をしに行くんだろ?」


「そうなんだ。瑛斗の家にいるのは、ちょっと厄介な相手だからさ。家へ行く前に、色々と話を聞いておきたい、と言っていたらしいんだ」


「でも、俺が分かることなんて、ほとんど無いんだけどな……」


「まぁ、聞かれたことに答えていけばいいと思うけど——瑛斗は、おかしくなった時のことは、覚えているのか?」


「いや……。実は、あまり覚えていないんだよな」


 ——夢に入られた時のことを、僕は覚えていて、瑛斗は覚えていない……。霊感の有無で違うのかも知れないな。


 それに、あの時瑛斗が言っていたことは、洗脳されたような状態だったから出た言葉なのか、それとも、心の奥底では思っていることなのか——。どちらにしろ、今の瑛斗からは、昨日のような暗さは感じない。それなら僕は、今の瑛斗を信じよう。


「瑛斗さぁ。ずっと夢の中で暮らすんだ、って言ってたんだぞ」


「えぇ!? 俺?」


「うん。働かなくてもいいし、家事も子育てもしなくていいから、ずっと夢の中にいたいって」


「全っ然覚えてない! たしかに楽かも知れないけどさ。でも、里帆りほ結衣ゆいを放っておいて、自分だけ楽をしようとは思わないよ。里帆には色々と苦労をかけているし、結衣が大人になるのを、ちゃんと見届けないと」


「そう言ってもらえると、僕も頑張った甲斐があるよ」


「だからごめんって! 本当に、覚えてないんだよ」


「いや、別に良いんだけどさ。今言ったことを、絶対に忘れないでくれよ? 悪いものって、そういう心の隙を狙ってくるんだからさ」


「うん、大丈夫だ。ちゃんと護符も持っているし、もしまた幽霊が来たら、すぐに逃げるよ」


 ——それが難しいんだよな。何せ相手は、夢の中に入り込んでくるんだから。こっちからすれば、逃げようがないんだよな……。


 そういえば、瑛斗は意識がなかった時に、麗華と話をしていた。幼稚園で顔を合わせていれば、さすがに分かるはずだ。瑛斗は本当に、麗華のことを知らないのだろうか。


「なぁ、瑛斗。リビングに、結衣ちゃんと男の子が、一緒に写っている写真があるだろ?」


「うん。幼稚園の前で撮った写真だよな?」


「そうそう。……あの子の親とは、会ったことがあるのか? どんな人だった?」


「あぁ〜、お母さんと会ったことがあるけど……。挨拶をしたくらいで、顔は分からないんだよな」


「ん? なんで挨拶をしたのに、顔が分からないんだよ」


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