——そこまで、嫌な顔をしなくても……。
そう思ったが、僕は話を続けるしかない。僕が今、頼れるのは、神原社長しかいないのだから。
「実は……急に、友達の様子がおかしくなってしまったんです。あの女性の力で眠らされているようなんですけど、ずっと夢の中にいたい、と言い出して、今も目覚めていないんです。護符を身につけたことで、元に戻ってくれたらいいんですけど、このまま目覚めない可能性もあるし……。もう、どうしたらいいのかが分からなくて」
「なるほどねぇ……。もしかすると、あんたが家に入ったことで、女も焦ったのかも知れないね」
「そうかも知れません……。僕の夢の中に現れたように、夢の中で友達を洗脳しているんじゃないかと思うんです。ただ、急におかしくなったので、そこはちょっと気になっています」
前日に会った時には、異変は感じなかったのだ。瑛斗は一体、何をされたのだろうか。
「まぁ、取り憑かれて、いいように動かされているとも考えられるけどね」
「僕も、そういった人を見かけたことはあるんですけど……なんかちょっと、違うような気がするんです。たしかに、友達の目を通して、僕を見ていたこともありましたけど、何の気配も感じなかったので、取り憑かれていたわけではないと思います。
あの女性の怖いところは、他人の夢の中を、自分の思うがままにできるところなのかも知れません。自由に他人の夢の中に入って、洗脳したり、魂を抜いたりもできる。……まるで、バクみたいだなって」
「悪夢を食べるバクのことかい?」
「はい。子供の頃、祖母に、悪い夢はバクに食べてもらいなさい、と言われていたので。まぁ今回は、無くなるのは悪い夢じゃなくて、命なんですけどね……」
「そう考えると、余計に化け物じみた感じに見えてくるねぇ。どう対処すればいいのやら……」
「そうなんです。こちらからは、どうにもできない状態なので……。それで、お願いがあるんですけど——。あの護符を書いた方を、紹介してもらえないでしょうか。力のある霊媒師なんですよね?」
「うーん……。遠い親戚だから、紹介できないこともないけれど……。今回は普通の霊じゃないからね……。本当に祓えるかどうかは、分からないよ? 今の人間は、便利な生活をしているからね。そういった力も薄れてきているんだよ」
「でも、護符は効いたんです。あの女性を遠ざけることはできました。だから、お願いします。会わせてください!」
僕は机に両手をついて、頭を下げた。
もし断られても、何度でも頼み込むつもりだ。他に頼れる人は、いないのだから。
神原社長はしばらくの間、沈黙した後、大きなため息をついた。
「分かったよ。連絡をとってみよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「でも! 過度な期待や、安心はするんじゃないよ? まだ、何も解決していないんだからね! 気を抜いたら、あっという間にあの世行きだよ」
「はい、分かっています」
——そう、何も解決していないんだ。
瑛斗もまだ目覚めていないし、奥さんが、引越し費用を借りることができるかどうかは、まだ分からない。それに、あの写真——。
「どうしたんだい。またしかめっ面をして」
「いや、それが……。昨日、その友達の家に行った時に、娘の写真が飾ってあったんですけど……。娘の隣に、家に取り憑いている子供が写っていたんです。どうやら二人は同じ幼稚園で、仲が良かったらしいんですよね。……なんだか僕は、偶然だとは思えなくて」
「その子供が死んだ家に、あんたの友達が引っ越して行ったのか。たしかに、それは偶然にしては、出来過ぎてるね。……子供が呼んだのかも知れないねぇ。同じ幼稚園ってことは、元々家が近かったんだろうから」
「子供が呼んで、母親が、僕の友達のことを気に入ったってことですか?」
「まぁ、同じ幼稚園なら、お迎えの時に顔を合わせることもあるだろうよ」
「うーん……。でもそれなら、夢の中に現れた時点で、友達は気が付いたと思うんですよね。友達は、知らない女の人だと言っていました」
「じゃあ、向こうが一方的に知っていたとか……」
「う〜ん……」
——何だろう。なんか腑に落ちないんだよな……。
仲が良かった男の子が、急に幼稚園に来なくなったことで、元気がなくなった娘は、数日で明るさを取り戻した。それは、あの男の子が霊となって現れたからだろう。でも、母親に人間の魂を食べさせてもらえなければ、あの子は普通の霊と変わらない。そんな、生きている人間を呼び寄せるような力があるだろうか。
「とにかく、霊媒師をやっている親戚には連絡を入れておくから、あんたは仕事に戻りなさい。今悩んだところで、それは結論が出ない問題だよ」
「それは、そうですね……」
「はいはい、戻った戻った!」
僕は神原社長に背中を押され、社長室から追い出されてしまった。たしかに今は、分からないことが多すぎて、結論なんて出ないが……。
——もし、霊媒師に断られたら、瑛斗はどうなるんだろう。
今、一番不安なのは瑛斗と奥さんで、僕が気落ちしている場合ではない。それは理解しているが、結局仕事は手につかず、僕は、ため息をついては、窓の外を