ベッドに寝かせた瑛斗の顔は、青白い。
——目覚めた時には、ちゃんと元に戻っているといいけど……。
僕は、再びポケットから護符を取り出し、手のひらに乗せた。
護符の力で、麗華を遠ざけることはできたようだが、祓えたわけではない。必ずまた、瑛斗に近寄ってくるはずだ。瑛斗を守るためには、この護符をずっと持たせておく必要がある。
——目覚めても、元に戻っていなかったら、どうやって持たせようか。
「一ノ瀬さん」
奥さんの声がして、振り向いた。
「コーヒーを
「え? あぁ、ありがとうございます」
喉が渇いていたので、ありがたい。それに化け物の霊気に当てられた上に、顔が半分潰れて、首が折れ曲がった幼児は現れるし。悲鳴をあげたり怒鳴ったりしたせいか、喉の奥が痛い。
すると、奥さんは僕の手を——護符を見た。
「それって……」
「あ! これは、えーと……」
「何か、魔除けみたいなものですよね……? 玄関に置いてある、お札と似ています」
奥さんは護符を、じっと見つめた。その表情には、不信感や嫌悪感があるようには見えない。むしろ興味を持っているようだ。
——あれ? もしかして奥さんも、何かを感じ取ってるんじゃ……。
僕の視線に気付いた奥さんは、はっとした顔をして、リビングに案内してくれた。
リビングでは、娘がテレビにかじりついている。子供向けのアニメを見ているようだ。今は瑠衣の気配を感じないので、遊び相手がいない状態だ。だから、一人でテレビを見ているのだろう。
僕が椅子に座りコーヒーを一口飲むと、奥さんは口を開いた。
「あのう、主人は何か言っていましたか? その……この家に、幽霊がいる、とか……」
「……はい。相談されました」
「やっぱり、そうでしたか。それで、一ノ瀬さんは幽霊が……視える方、なんでしょうか」
奥さんの目からは、希望の色を感じた。この手の話を相談できる人が中々いないのは、僕も分かる。いつもは、霊感があることを他人には隠しているが、この人になら、ある程度は話しても大丈夫だろう。
「——はい。僕は幼い頃から、霊の類が視えています。それで、瑛斗から相談を受けたんです。奥さんにも何度か、この家で起こっている怪奇現象の話をした、と聞きました」
「はい。引っ越してきて少し経った頃から、何度か……」
「でも奥さんは、何の気配も感じなかったんですよね?」
「たしかに、前はそうでした。そもそも幽霊なんて、いるわけがないと思っていましたし。主人は音がすると言っていましたが、私には何も聞こえなかったんです」
霊感が全くない人は、霊の存在を信じていない人も多い。それが余計に、気配を感じ難くさせているのかも知れない。
「でも、今は違います。実は最近、私も、妙な気配を感じるようになったんです。最初は、遊んでいる娘を見た時でした。……変なことに気が付いたんです」
「変なこと、ですか」
「娘が……。目に見えない何かと、遊んでいたんです……。そこに、紙風船がありますよね?」
奥さんが指差した方へ目をやると、潰れた紙風船が、棚の上に置いてあった。
「あれは以前、幼稚園で貰ったものなんですけど、娘が自分で膨らませて、遊んでいたんです。紙風船を上に向かって突いて……。私はそれを、ここに座って見ていたんです。そうしたら、娘が手を出していないのに、紙風船が上にあがったんです。
……おかしいですよね? 何もないところで音がして……。たぶん、見えない何かが、紙風船を突いたんです。その後も、何度も……! 私……怖くなって、すぐに娘を抱きかかえて、外に出ました」
奥さんはコーヒーカップを、ギュッと握りしめた。
「そのことを、瑛斗は知っているんですか?」
「もちろん言いました! 主人も、やっと分かってくれたのかって。だから、早く引っ越すお金を貯めようって話したのに。次の日になったら、何も……何も、覚えていなかったんです!」
コーヒーカップが、カタカタと音を立てた。