——あの女性は、瑛斗のことを、どうするつもりなのだろうか。
仕事中も、そのことが頭から離れなかった。家に帰ってからも、神原社長に渡された護符を、ずっと
子供の父親にするって、一体、どうやって?
やはり、殺すということなのだろうか。
魂を抜くことができるのなら、なぜそうしないのだろう。
強い力を持っているのに、まだ取り憑いてすらいない理由は、何なのか。
考えれば考えるほど、分からない。
生きている人間のように、法で裁けないのは厄介だ。それに、あの女性は僕に触れるが、おそらく、僕があの女性に触れることはできないだろう。そうなると、どうやって瑛斗を守ればいいのだろうか。
「はぁ……」
今日は、何度ため息をついただろう。
でも、いくら考えても、こんなに情報が少ない中では、何も解決しないような気がする。今は、神原社長にもらったこの護符に頼るしかないのだろう。
——少しでも早く、渡した方がいいよな……。
僕は瑛斗に電話をかける。コール音が数回鳴って、プツッと電子音が聞こえた。
「あっ、瑛……」
ビィーーーー!!
突然、
「ぅわっ!」
驚いて携帯電話を耳から離すと、耳の奥では、キーン、と音がしている。
——なんだ……? 壊れたのか?
僕は画面に目をやった。するとそこには、瑛斗の名前が表示されている。別に壊れているようには見えないが、まだ、ビィー、という割れたような音は続いている。
「……蒼汰?」
遠くで瑛斗の声がすると、耳障りな音は、すぅっと消えていった。
——なんだ、壊れたんじゃないのか。
「あ、瑛斗? なんか、ケータイの調子がおかしくてさ」
「……そうなんだ。何……?」
瑛斗の声はいつより低く、小さい。
「今日は、元気がないような気がするけど、仕事が忙しかったのか?」
「いや、別に……。でも、ずっと眠くてさ。昨日もしっかりと寝たはずなんだけど……」
電話の向こうからは、大きく息を吸い込んで、ふうっと吐き出す音が聞こえる。僕は、気だるげに話す瑛斗に、なんとなく、違和感を覚えた。間延びした話し方と、いつもより声が低いせいなのだろうか。
「そうか……。色々と不安もあるから、ちゃんと眠れていないのかも知れないな」
「うん……」
「今は家にいるのか?」
「あぁ、帰ってるよ」
「じゃあ、今から行くから、ちょっと外に出てきてくれないか? 渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの……?」
「そう。魔除けの護符を貰ったんだ。有名な霊媒師が書いた護符なんだってさ。まぁ、効くかどうかは分からないけど」
せっかく貰ったのにこんなことを言うと、バチが当たるだろうか。
「あぁ、そのことか……」
「ん……?」
「別に、大丈夫だよ。もう……心配しないでくれ」
——瑛斗は、何を言っているんだろう。
「大丈夫って、どういう意味だ?」
「最初は、目に見えない何かがいて、怖かったけどさ……。あの人は、別に怖くないって、分かったから。……だから、大丈夫」
——……あの人?
心臓が、どくん、と嫌な音を立てた。
「瑛斗! もしかして、家にいる女の人と、会ったのか? あの長い髪の女性と!」
「……え? 蒼汰は、
「麗、華……? あの人と、話をしたのか?」
「あぁ。初めてちゃんと話をしたんだ。今までも、夢の中では何度か話をした事があったけど……よく覚えていなかったからさ。でも、昨日のことはちゃんと覚えてる。麗華さんはすごく良い人で、俺の話を、ちゃんと聞いてくれるんだ……」
穏やかな瑛斗の声に、全身の毛がぞわりと逆立つ。
家で起こっている怪奇現象を、あれほど怖がっていたはずなのに、今は安心しきっているように思える。
「しっかりしろよ、瑛斗! あの人はもう死んでいるんだ。お前や家族に災いをもたらす、悪霊なんだよ!」
「麗華さんは、そんな人じゃないよ。変なことを言わないでくれ。とにかく、俺のことはもう、放っておいて……」
「瑛斗!」
プツッと音がした。通話が切られたようだ。
「なんで、急に……」
——もしかすると瑛斗は、取り憑かれてしまったのかも知れない……。昨日は何ともなかったのに、どうして。
僕は、護符を上着のポケットに突っ込んで、部屋を飛び出した。