身体が、びくん、と跳ねて目が覚めた。
暗い部屋の中に、豆電球の鈍い光だけが見える。意識がはっきりしてくると、服が汗で、びっしょりと濡れているのに気が付いた。冷たくて、気持ちが悪い。
僕は夢を見ていたようだ。瑛斗の家にいる女性が出てきて——。
本当に、あれは夢なのだろうか。目覚めても、あの女性の顔や、声も、何を話したかも、しっかりと覚えている。
——夢なんて、起きたら忘れてしまうものなのに……。
そういえば瑛斗が、甘い匂いがしたと言っていた。まだ鼻の奥の方に残っている、高級な香水みたいな甘い匂い。もしかして、この匂いのことを言っていたのだろうか。だとしたら、あれは普通の夢とは違うのかも知れない。
匂いを感じるなんて、生きている人間が、そのまま夢の中に入って来たみたいだ。あの女性は、なぜ僕の夢の中に現れたのだろう。
——瑛斗の家に行ったから、ついてきたのか?
いや、そんな気配は感じなかった。瑛斗の目を通して、あの女性が僕を見てきた時も、すぐには気付けなかったが、自分について来ていたら、さすがに分かるはずだ。どうやって、僕のところへ来たのだろうか。
——そういえば、夢の中で女性に触られた時、急に力が入らなくなったな。
あれは一体、何だったのだろう。『生かしておいてあげているだけ』女性はそう言っていた。命を奪うこともできるということだ。そんなのはもう霊じゃなくて、本当に化け物だ。これは、もう——。
『手遅れ』という言葉が一瞬、脳裏に浮かんだ。
「そんなの、冗談じゃない」
髪の毛をくしゃくしゃとかき回して、考えを振り払った。
——なんで、瑛斗から初めて話を聞いた時、すぐに動かなかったんだろう。いつもそうだ。あとで後悔しても、もう遅いのに。
布団をグッと握り締めた。すると、指先に微かな痛みが走り、その痛みで、ふと我に返った。
——感傷に浸っている場合じゃない。
これ以上は、僕の力だけでは、どうすることもできないだろう。それならもう、あの人に相談するしかない——。