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 見渡す限り、真っ白だ——。


 ここは、どこなんだろう。

 今日はずっと体調が悪かったはずなのに、身体が軽い。


 ずっと、ここにいられたらいいのに。

 何も考えずに、このままずっと……。


 色々と考え事をしていたから、疲れたんだ。

 ここは本当に、居心地がいい。




 向こうから、誰かが来る——。


 全然知らない女性だ。誰だろう。

 同じくらいの歳に見える。


 透き通るような白い肌に、紅い口紅。

 紅色が、すごく似合っている。


 黒くて大きな瞳は、人形みたいだ。

 まつげが瞳に影を作るほど長い。

 真っ黒な、長い髪も似合っている。


 本当に綺麗な人だな。芸能人みたいな人。


 非の打ち所がないほどの美人って、こういう人のことを言うんだろうな。


 でも、知らない人だ。


 夢って、知っている人が出てくることが多い気がするけど、この人は、誰だっけ……。



 ——……夢?


 黒のワンピースを着た女性が、僕の目の前に立ち、微笑む。


 その彫刻のように美しい顔に、思わず息を呑んだ。目が離せなくて、何も考えられない。これ以上見つめると、心を奪われてしまいそうだ。


「うっ……」


 突然、首が閉まったような感じがして、呼吸が苦しくなった。僕は首に手を当てたが、別に、何かが巻き付いているわけではない。


「ねぇ……」


 女性が微笑んだまま、紅い唇を動かした。


「あなたは、私と瑛斗さんを、引き離そうとしているの?」


 ——瑛斗を知っている? もしかしてこの人は、瑛斗のそばに寄り添っていた、あの……!


「訊いているのよ。答えて?」


 女性はゆっくりとした口調で言いながら、首を傾げる。笑顔のはずなのに、目の奥には闇があるように感じた。


「何なんだよ! なんで、瑛斗に……!」


「瑛斗さんは、私の旦那さま。どうして、邪魔をしようとするの」


「旦那さま? 何を言ってるんだ! あんたはもう、死んでいるだろ! 生きている瑛斗とは一緒にいられない。それとも、瑛斗を殺すつもりなのか?」


「あなたには関係ないわ。瑛斗さんは、私と瑠衣るいと一緒に、あの部屋で幸せに暮らすの」


 ——瑠衣? 抱いてた子供の名前か?


「瑛斗には、奥さんも子供もいるんだ。あんたのものにはならないよ」


「そんなことはないわ。瑛斗さんはあの女より、私のことが気になっているの。それに、もうすぐあの女はいなくなるわ」


「どういうことだ。奥さんに何かしたのか?」


「……あなたは、質問ばかりするのね。最初に訊いたのは私よ? 瑛斗さんと私を、引き離そうとしているのかと、訊いたの」


「当たり前だろ! 友達が悪霊に取り憑かれそうになっていたら、誰だって、助けようとするだろ!」


 さらに首がグッと閉まり、ゲホッ、と咳き込むと、肺の空気は一気になくなってしまった。


「私が悪霊だと言っているの……? そんな、下等なものと一緒にしないで。私はちゃんと、自我がある。瑠衣を守るために、自ら死んだのよ。あの子は私が守ってあげないと、消えてしまうから……」


「だか、らって、なんで、瑛斗を……」


 ——苦しい。息ができない。


「瑠衣には、父親が必要なの。瑛斗さんならきっと、優しい父親になる。それに、私のことも愛してくれるわ。だから、邪魔しないで」


「ふ……ざけ、んな」


「……あなたが瑛斗さんの友達でなければ、とっくに殺しているのよ? 瑛斗さんに嫌われたくないから、生かしておいてあげているだけ……。死にたくなかったらもう、私たちに、近寄らないで」


 言い返したいのに、呼吸ができなくて、意識が朦朧もうろうとする。


「言うことを聞いてくれなかったら、こうなるわ」


 女性が僕の胸に、手を当てた。


「う、ぁっ!」


 まるで、身体の中に手を突っ込まれたような気持ち悪さだ。身体の中を掻き回されているようで、吐き気がする。


 立っていられなくなった僕は、膝から崩れ落ちた。


「苦しいでしょう?」


 女性は口元を押さえて、上品に笑う。


「もう、私たちに関わらないでね。約束よ……」




 段々と、女性の声が遠のいて行く——。


 視界がぼやけて、白くなった後、意識が途絶えた。


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