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 マンションの入口まで進んだところで、思わず足が止まった。


 一階部分の部屋を見ると、ドアや手すりは所々びていて、思っていたよりも古い印象を受ける。壁や廊下はコンクリートの打ちっぱなしで、黒ずみが目立つ。駐車場はマンションの横にあるので、正面は見えていなかった。


 ——こんなに、古い建物だったのか。


 建物の中へ入ると、エレベーターの横にある階段は、昼間なのに真っ暗だ。窓がないのだろうか。電気もついていないので、足を踏み外しそうな気がする。


「部屋は三階だから、階段で行こう」


 瑛斗が階段を指差した。


「え? エレベーターは使わないのか?」


「あぁ、そのエレベーターは調子が悪いみたいで、結構揺れるんだよね。途中で止まったら、嫌だろ?」


 瑛斗は暗い階段を気にする様子もなく、上り始める。もちろん僕もついて行くしかないのだけれど、正直なところ、行きたくはない。階段へ近付くにつれて、モスキート音のような、微かな耳鳴りを感じる。


 ——なんか、心霊スポットみたいな雰囲気のマンションだな……。


 僕は階段を見上げた。耳の奥の方を突き刺されているような頭痛がする。この感じは霊障に違いない。間違いなく、何かがいる。


 思わずため息をつくと、ふと、瑛斗が抱いている娘と目が合った。


 僕が微笑むと、娘は恥ずかしそうに、瑛斗の肩に顔を埋める。人見知りをする年頃なのだろうか。


「隠れちゃダメだろ。ほら、挨拶は?」


 瑛斗が言うと、娘はおずおずと顔を出し、口を開いた。


「こんにちは」


 ——あれ? 声が……。


 冷たい手で、心臓をでられたかのように感じた。気持ちが悪くて、思わず自分の胸元を掴むと、大きくなった心臓の鼓動が、手に伝わってきた。





 娘の声が、電話越しに聞こえていた声と、全く違う——。





 娘の声は幼い女の子らしい、小鳥が鳴くような高い声だ。しかし、今まで娘の声だと思って聞いていた声は、もっと太さがある声だった。電話を通して聞いたから、などという違いではない。


 やはり性別が、違う。


「蒼汰? どうかした?」


 瑛斗が声をかけてきたが、混乱していて言葉が出てこない。急に得体の知れない恐怖が襲ってきて、全身から汗が吹き出した。


 僕が聞いていたあの声は、誰の声だったのだろうか——。


「……なぁ。この間、瑛斗の実家に行く前に、電話で話をしたよな? その時って、娘と奥さんは、まだ家にいたのか?」


「いや? 二人は前の日から、里帆の実家にいたんだよ。なんで?」


 瑛斗は、きょとん、とした顔でこちらを見ている。


「……別に。ちょっと、訊いてみただけ……」


 ——もしかして、今まで僕が聞いていたのは、あの長い髪の女性が抱いていた子供の声ってことか? そういえば、ショートカットの子供だった。あの子が、男の子なのか……!


 瑛斗の娘が、男の子みたいな声をしているのではなく、本当に男の子の声だったのだ。僕を混乱させていた違和感の正体が、やっと分かったのはいいが、よりおぞましさが増しただけのような気がする。


 ——電話を通しても、あんなにはっきりと声が聞こえるなんて……。


 神原社長が言った通り、瑛斗の部屋に棲みついている親子は、普通の霊とは違うのだろう。ただ、霊が化け物みたいな力を持つなんて、何をどうすればそんな状態になるのかが分からない。


 考えれば考えるほど、黒い雲が胸に満ちてくるような、嫌な感じがした——。


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