土曜日の朝。瑛斗と二人で不動産会社へ入った——。
「担当の人は、なんて名前?」
「……牧田さんだよ」
瑛斗は気まずそうに、下を向いて答えた。瑛斗は、無理を聞いてもらった営業マンに遠慮しているようだが、僕からすれば、事故物件だということを黙って契約させた、
僕は瑛斗の前へ出て、受付の女性に声をかける。
「すみません。営業の牧田さんを、呼んでもらえますか?」
「はい、少々お待ちください」
牧田は社内にいるようで、受付の女性は奥の部屋へ向かう。
不動産会社の中は広く、フロアを見まわすと、そこかしこのテーブルで、商談が行われているのが分かる。随分と人気がある不動産会社のようだ。
会社は大きくなる程、厳しいマニュアルが整備されているはずなので、不動産会社なら、極力トラブルを避けるように作られているはずだ。もちろん、事故物件なんてものは
牧田という営業マンはなぜ、瑛斗に怪しげな物件を紹介したのだろうか。賑わうフロアを見ていると、余計に不信感が募る。
しばらくの間、カウンターの前で待っていると、受付の女性が、三十歳前後に見える痩せ型の男を連れてきた。シルバーのメタルフレームの眼鏡をかけていて、知的な雰囲気だ。
「あぁ、瀬名さんでしたか。お久しぶりです」
男は瑛斗に笑顔を向ける。この男が、牧田という営業マンなのだろう。
「お久しぶりです……牧田さん」
瑛斗は顔を引きつらせ、上目遣いで男を見た。
牧田は営業マンらしく短髪で、ストライプが入った濃いグレーのスーツを着ている。笑顔を絶やさずに瑛斗に話しかける姿は、できる営業マンといった感じだ。
ただ僕には、牧田は笑顔のはずなのに、眼鏡の奥の目は笑っていないように思えた。先入観もあるのかも知れないが、笑顔が
空いていた窓側の席に案内され、瑛斗と並んで座ると、すぐに牧田が切り出した。
「今日は、どうかなさいましたか?」
隣にいる瑛斗が、僕の方を見たのが分かった。
「今日は、僕が訊きたいことがあったので来ました」
「そうでしたか。部屋をお探しですか?」
牧田は目を細めた。
「違います。瑛斗の……瀬名が借りたマンションの件で、訊きたいことがあるんです」
「何でしょう。お答えできる範囲であれば、ですが」
「実は、瀬名が心霊現象に悩んでいるんです。夜になると部屋の中を歩き回る音が聞こえたり、そばに
僕が言うと、周りにいた客や営業マンが、一斉にこちらを向いた。それはそうだろう。客は皆、気になる事情であり、不動産会社からすれば、もちろん避けたい話題のはずだ。
しかし牧田だけは、全く顔色を変えない。それどころか、口元には笑みを浮かべている。
「そういったお話はよく耳にするのですが、気のせい、という事はありませんか? 音が聞こえる
「気のせいじゃありません! 本当に、何かがいるんです」
瑛斗が今にも泣き出しそうな声で言う。
「気のせいじゃない。それは、実際に幽霊を視た、ということですか?」
「え……? 視ては、いないです……けど」
「視てもいないのに、どうして幽霊だと分かるんですか?」
「それは……。でも、毎日足音が聞こえるんです。風呂に入っていても、ドアの外に何かいたり、廊下でも走り回る音が聞こえるんです。絶対に、何かがいるんです! 気のせいじゃありません!」