瑛斗の家には、何が棲み着いているのだろうか。
神原社長と話をしてから数日が過ぎても、そのことばかり考えている。
霊を見慣れている社長が、物の怪とまで言った嫌な気配。たしかに、あまりにも家賃が安かったので『事故物件』という言葉が脳裏を過ぎった。
ただ、霊感がない瑛斗にとっては、そこに何かがいたとしても、せいぜい、何かの拍子に目の端に映ったとか、鏡を通して視えたとか、声が聞こえた気がするとか、その程度のはずなのだ。
しかもまだ取り憑かれているわけでもないのに、瑛斗と娘の様子がおかしい。もしかして、ただ追い出そうとしているだけなのだろうか。
それに、僕に憑いていた悪いものというのも気になる。いつもなら分かるはずなのに、なぜ僕は気が付かなかったのだろう——。
「一ノ瀬くん」
突然名前を呼ばれて、我に返った。
「これ、夕方までにやっといて。資料は全部揃っていると思うんだけど」
「あぁ、はい。分かりました」
先輩に声をかけられるまで、どのくらいの時間が過ぎていたのだろうか。最近はずっと、瑛斗の家にいる何かのことばかり考えている気がする。
——なんか、神原社長が言っていたように、僕が取り憑かれているみたいだな。
そう思うと自然に、大きなため息が出る。考え事ばかりしていて、たいして仕事が進んでいないのに、いつの間にか、夕方になっていることも珍しくない。
——今は、仕事中だ。
先輩に頼まれた仕事を先に片付けようと、資料を広げた時、腰の辺りで小さな振動を感じた。
ポケットから携帯電話を取り出すと、メッセージアプリの通知が来ている。仕事中は、携帯電話の使用は控えることになっているが、気になった僕は、通知を開く。
「え……。また……? 大丈夫なのか?」
メッセージを読んで、思わず声が出た。
『今日の夜、飯食いに行こう』
メッセージの送り主は、瑛斗だ。
結婚する為に大学を辞めて以来、ずっと忙しそうにしていて、連絡も途絶えていたのに。こんなに頻繁に出かけて、大丈夫なのだろうか。数日前に、家族で仲良さげに歩いているのを見かけて、少し安心していたが、やはり上手くいっていないのかも知れない。
色々と気になることはあるが、別に、僕には誘いを断る理由がないので『いいよ』とメッセージを送った。