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 ——昨日は結局、一日中慎也に連れ回されて、疲れたな……。


 週末はいつも、家でゴロゴロとしながら過ごすのに、昨日も一昨日も、一日中外にいた。先週の疲れが、全く取れていないのが分かる。眠いし、身体が重い。


「おはよう!」


 神原社長の声が、周りの雑音を全てかき消した。


 おはようございます、と口々に挨拶をする社員に笑みを向けながら、社長は事務所の中を歩く。毎朝の光景だ。そして、僕の前に来た社長は、なぜか顔をしかめた。


「……ちょっと、おいで」


 先程の挨拶とは別人のような、低い声で言う。


 ——なんだろう。怒られるようなことをしたかな……?


 考えてみても、何も思い出せない。


 神原社長はにらみつけるような目をして、社長室のドアを開け、待っている。急いだ方が良さそうだ。


 僕が小走りで近寄ると、社長はあごで「入れ」とうながす。


 ——嫌だなぁ……。何を言われるんだろう。


 そんなことを思いながら社長室へ入ると、バタン! と大きな音を出してドアが閉められた。本当に機嫌が悪そうだ。僕は一体、何をしたのだろうか。


 社長はソファーの上にバッグを放り投げ、自分も腰を下ろした。


「あんた、また例の友達に会ったね!」


 神原社長が、険しい顔で僕を見る。


 ——あぁ、そのことか。また悪いものが憑いているのかな……。


「ええと……はい。やっぱり、放って置けなくて……」


 僕が言うと、神原社長は大きなため息をついた。注意されていたのに、一緒に出かけたのだから、社長が呆れるのは当然だ。


「また、憑いていますか……?」


 恐る恐る訊くと、社長の眉間の皺は、さらに濃くなった。


「あぁ。この間よりも、ベッタリとね!」


 神原社長の声が、身体の奥に響く。気のせいかも知れないが、額には青筋が見えるような気がする。


「あんたは影響を受けやすいから、関わるなって言ったはずだけどね?」


「……はい」


「自分から行ったのか、それとも呼ばれたのか。どっちだい?」


「あのー……。僕から電話をしたら、地元に行きたいのでついて来て欲しい、と言われまして……」


「断りなさい、そんなのは! 子供じゃないんだから、地元くらい一人で行けるだろう!」


「そうなんですけど……。でももう、乗り掛かった船というか……。友達の地元にある神社の、破魔矢とお守りを貰いに行ったんです」


「そんなことをするくらいなら、早く部屋を出ればいいだろうに」


 神原社長が、ふん、と鼻を鳴らす。


 たしかに、その通りなのだが、僕たちのような若い世代は、思い通りにならないことの方が多い。


「……お金が、ないんですよ……。本人も、早く引っ越したいとは思っているんです。土曜日に聞いた話だと、娘の様子がおかしくなってきているようなので。僕も一応、引っ越しを急いだ方がいい、とは言いました」


「娘が、どんな風におかしいって?」


「何もない場所をじっと見ていたり、壁に向かって話しかけたりしているみたいです。まだ四歳なので、怪異が視えやすい体質なのは分かるんですけど、回数が増えてきていると言っていたので、僕もそこは気になっています」


「そうだね……。不思議なものが視えて、独り言を言っているだけならいいけど……。会話をしていたらちょっと、まずいかもね……」


「はい」


「じゃあ、そのお友達の家にいるのは、子供の霊ってことかい? それにしては、どうも……」


 神原社長が首をひねり、渋い顔をする。


「何か、気になることが……?」


「うーん……。視ていないから、はっきりとは言えないけれど……。もしかすると、普通の霊じゃないかも知れないよ?」


 神原社長は腕組みをして、より険しい表情になった。


「あんたは、直接霊に出会したわけじゃないんだろう? それなのに、二日経ってもまだ、その汚れがあんたにまとわわりついている。よほど力が強い霊なんだろうよ。それが子供に取り憑いているとしたら、無事では済まないだろうから、別にいる気がするね。もっとこう、化け物みたいな力を持っているものが。——どうやったら、そんなものになるんだろうねぇ?」


 普通の霊ではない、というのは、僕も感じていたことだ。霊感のない瑛斗が、あれほどはっきりと霊の存在を認識している。娘も、随分と影響を受けているようだ。それに——。


「その汚れって、どんな部類のものですか? 僕には、あまり良くないもののような気がするんです……」


 瑛斗の気分が落ち込んでいるのは、奥さんとの関係のせいじゃないのかも知れない。あんなに仲が良さそうに、歩いていたのだから。


 神原社長は、ふうっと大きく息を吐いた。


「あぁ。とびっきりおぞましいものだね。消えないけがれを凝縮したような、いやぁな感じがする……。分かりやすく言えば、怨霊・物の怪。その類の気配だよ」


 ——そんなものが、瑛斗の家に……。


「そう……です、か……。普通ではないような気はしていましたけど、地縛霊とか、その程度だと思っていました」


「そんな可愛いものじゃあないと思うけどね。だから、近付くんじゃないと言っているんだ。あんたは、お友達の身代わりになる気かい?」


「えっ……?」


「え? じゃないよ。そういう悪いものっていうのは、霊力が高い人間を好むんだ。あんたも、普通の人間より強い霊力を持っているんだから、狙われる可能性が高いんだよ。それに、あんたは元々引き寄せやすい体質をしているんだ。猫に鰹節って言葉くらい、知っているだろ。だからもう、関わるんじゃない! 分かったね?」


 神原社長は、鋭い目つきで僕を見る。


 ——社長が言っていることも分かるけど、でも……。


「はい……」


 とりあえず今は、そう返事をした方がいいのだろう。


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