僕と瑛斗は、駅で待ち合わせをして、電車に乗り込んだ。
瑛斗は、隣町にある実家に行きたいのだという。
——実家に行くのなら僕じゃなくて、奥さんと子供を連れて行った方がいいんじゃないのか……?
そう思ったが、ずっと浮かない顔をしている瑛斗に、僕は何も言えなかった。家で起こる怪奇現象のことを相談されたのに、何もしてやれないという、後ろめたさもあるのかも知れない。
瑛斗の実家は、電車の駅からほど近い場所にある。
「あら、いらっしゃい」
家に着くと、瑛斗の母が快く迎え入れてくれた。息子と一緒に帰ってきたのが孫ではなかったことは、気にしていないのだろうか。僕は、絶対に
「はいはい、ここに座ってね」
居間に通されると、瑛斗の母は、お菓子やお茶を次々とテーブルに並べていく。離れて暮らす息子が帰って来たので、嬉しいのだろう。
「もう。帰ってくるなら、早く言ってよね。何の用意もできなかったじゃないの」
母はそう言いながら、瑛斗の向かいに座る。
「いいよ別に。ちょっと顔を出しただけだから」
実家にいる瑛斗は、いつもより素っ気ないように感じた。僕や慎也と話す時はずっと笑顔なのに、母と会話をする瑛斗の顔に表情はない。
「でも、お友達もいるのに。ねぇ?」
瑛斗の母は僕を見ながら、顔を傾けた。
——えっ。僕……?
瑛斗の態度に困惑していた僕は、無理に笑顔を作る。そうしないと、いけないような気がした。
「いえ、お構いなく……」
僕が言うと、瑛斗の母は「そう?」と返して、再び視線を息子へ移す。
「今日は、里帆さんと結衣ちゃんは、一緒じゃないのね。どうしたの?」
その言葉を聞いた僕は気まずくなり、思わず目を閉じた。
——そうですよね。僕もそう思います……。
心の中で
「なんだよ、俺だけが帰ってきちゃいけないのかよ」
「そうじゃないわよ。でも結婚したら、普通は奥さんと子供を連れて帰るものでしょう? なんでお友達なのかな? と思っただけよ」
「……たまには、友達と遊びたい時だってあるんだよ。それに里帆と
「なんだ、そうなの。まぁ、自分の実家の方が楽でいいわよね」
——それで、僕を誘ったのか。
朝は子供の声がしていたので、あの後で二人は、奥さんの実家へ向かったのだろう。
「でも、結衣ちゃんの顔が見たかったわ。もう半年くらい会っていないんじゃない? 今度は一緒に連れて来なさいよ?」
「はいはい、分かったよ」
瑛斗は面倒臭そうに返す。
「もう、この子は本当に……! たまに帰った時くらい、優しくしようとは思わないのかしら。——で、結衣ちゃんは元気にしてる? 幼稚園に行き出したんでしょう? 嫌がったりしないの?」
「あぁ。元気に行ってるよ。一番仲が良かった子が幼稚園に来なくなった時は、そこからしばらくは、行きたがらなかったけどな。でも、一週間もしない内に、すっかり元に戻ったみたいだけど。もう忘れたんだろうな。今は楽しそうに行ってるよ」
「そう。結衣ちゃんはまだ四歳だし、子供ってそんなものよね。瑛斗も小さい頃は、泣いたと思ったら、もう笑っていたりしてね」
母は楽しそうに話し出すが、瑛斗がすぐに
「俺の話はいいよ」
「はいはい、ごめんね。余計なことを言うな、ね」
ため息混じりに言うと、瑛斗の母は台所へ向かう。
——どこの家も、同じような会話をするんだな。
なんで親は、昔の事ばかり話すのだろう。幼い頃の話をされても、覚えているわけがないのに。きっと瑛斗も、うんざりした表情をしているはずだ。
そう考えながら、ちらりと瑛斗に目をやった瞬間、視線がぶつかった。
「ごめんな、蒼汰。退屈だろ」
「いや? 僕のことは気にしないで、しっかりお母さんと話しなよ。久しぶりなんだろ?」
「まぁ、今日はちょっと、顔を見せに寄っただけだから。それに……もう一箇所、行きたい所があるんだ」
「うん、いいよ」
瑛斗は口元に微かな笑みを浮かべたが、その表情は曇っているように見える。
——瑛斗が本当に行きたかったのは、実家じゃなくて、そっちなんだろうな。
僕はふと、そんなことを思った——。