「瑛斗。慎也は放っておいていいからな。こいつは彼女に振られたばかりだから、誰かが不幸になるのが見たいんだよ」
僕が冷めた目をして言うと、「うるさいな」と吐き捨てながら、慎也はビールを一気に流し込んだ。
「俺の話はいいんだよ! 今日は、瀬名と久しぶりに会ったんだから、瀬名のことを話す日なんだよ!」
「慎也が瑛斗に
「絡んでないよ。ただ、訊いてみただけ!」
「それだけじゃないだろ。いかにも浮気をしてほしそうな感じで言ったじゃないか」
幼馴染同士の、遠慮のない会話を聞いて、瑛斗は楽しそうに笑う。なんとなく疲れているように見えるので、瑛斗が笑ってくれるのは嬉しい。
「はいはい、分かったよ。俺が悪いんだろ」
「分かればいいんだよ」
僕が言うと慎也は眉間に皺を寄せたが、すぐに顔を戻して、ため息をついた。一応、自分が悪いのは分かっているのだろう。
「ところで、子供は今、何歳になったんだ?」
慎也が何事もなかったかのように、訊いた。本当に慎也は、切り替えが早い。だから、反省していないと思われることが多いのだろう。
「もうすぐ四歳になるよ」
「へー、四歳か。俺たちなんて、彼女もいないのに。まぁ、欲しいとも思ってないけどな!」
慎也は声を大きくする。笑みを浮かべているように見えるが、目は笑っていない。それに、口元が引きつっているのが分かる。
「強がりだよな。彼女に振られた時、思いっきり泣いてたじゃん」
僕は思わず吹き出してしまった。
「言うなよ! お前は本当に、うるさいな」
慎也の目が赤くなっているが、怒っているのか、酒のせいなのかは、分からない。
「いいよなぁ、瀬名は幸せそうで。——で、子供はどっちなの。男の子? 女の子?」
慎也は机に肘をつきながら、訊く。
「女の子だよ。
「——え?」
瑛斗の言葉に頭が混乱して、思わず声が出た。瑛斗は今『女の子』と言ったような気がする。しかし、電話で聞いた幼い子供の声は、高いながらも太さがあって、僕はてっきり、男の子だと思っていた。
別に、声が低い女の子もいるとは思うが、なんとなく
「なんだよ」
慎也は
「いや、……なんでもない」
「何なんだよ、変な顔をして」
この話はもう終わりにしてほしいのに、慎也はしつこく訊いてくる。
「だから、なんでもないって!」
その時ふと、瑛斗と電話で話をした時に、耳障りなノイズが入ったことを思い出した。
——そうか。電波が悪いから、娘の声が、男の子の声に聞こえたのか。それにしても、女の子を男の子だと思うなんて、失礼だよな。瑛斗には言えないや。
僕は、瑛斗を横目でちらりと見た。
すると瑛斗は、笑うでもなく、呆れるでもなく、心ここに在らずといった表情で、こちらを見ている。
——なんだろう……?
僕は瑛斗の表情に、違和感を覚えた。先程までは笑っていたはずなのに、考え事でもしているのだろうか。
「すぐ怒るんだから、蒼汰は。そういえばお前って、子供の頃からたまに変なことを言うよな」
慎也がそう言うと、僕を見つめる瑛斗の目が、一瞬、微かな光を帯びた気がした——。