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 久しぶりに、瑛斗から連絡がきた週の土曜日。


 瑛斗も無事に、奥さんから許可を得ることができたので、三人で駅前にある居酒屋へ入った。  


 数年ぶりに会った瑛斗は、最後に見た時よりも肩幅が広くなって、大人びた印象だ。子育てをしているからなのか、目尻は以前より下がり、優しげに見える。


 テーブルに運ばれてきた料理を、さりげなく中央に置いたり、空いた皿を重ねるのも、やはり子供がいるからこそできる気遣いなのかも知れない。


 一方、独身の僕と慎也は、瑛斗に甘えて何もしない。


「でもさー、本当に瀬名は変わったよな。高校の時からイケメンだったけど、今は俳優みたいにかっこいいよな。前と全然違うから、言われないと分からなかったと思うよ」


 慎也は、珍しい物でも見るかのように、目を大きくした。


「高校の時はサッカーをやってたから、もっと焼けていたしな。それに、髪も今より短かったし。でも、坂下も随分と変わったよ。高校の時は眼鏡だったよな」


 瑛斗は、親指と人差し指で輪を作り、目に当てる。


「そうそう。高校の時は、親に『高いから』とか言われて、コンタクトは買ってもらえなかったんだよ。大学に入ってバイトを始めてから、コンタクトにしたんだ」


「そうなんだ」


 高校を卒業してからは、瑛斗と慎也は一度も会っていないので、大きな変化を感じるのは当然なのかも知れない。高校生と二十四歳では、印象は随分と変わるものだ。特に女性は化粧をするようになるので、名乗ってもらえないと顔と名前が一致しない。もちろん、そんなことを言うと怒られるのは分かっているので、口には出さないけれど。


「それにしても、久しぶりに瑛斗の顔が見られて、本当に嬉しいよ。全然、連絡してくれなかったからさ」


 瑛斗を前にすると、やはり顔がほころぶ。楽しかった高校生の頃の記憶が、より鮮明によみがえる。


「蒼汰も連絡しなかっただろ」


「僕は、気を遣って連絡しなかったんだよ。忙しいと思ってさ。瑛斗は大学を辞めて、働き出しただろ。それに、子供まで生まれてさ。経験がなくても大変なのは分かるから、邪魔にならないようにしないと。と思ったんだよ」


 ただ、言いたいことはもちろんそれだけじゃない。本人には言えないが、瑛斗は若くして結婚したので、金銭面で苦労していたようだ。結婚式もできなかったので、僕は未だに奥さんの顔すら知らない。紹介してもらったことはないし、写真も見たことがないのだ。


 それに瑛斗は、大学を中退すると同時に就職して、仕事を覚えるのに必死だったようで、こちらから連絡をしても返事がないことも多かった。


 そんな状態だったからこそ、僕は連絡するのを控えるようになっていったのだ。友達だからこそ、負担をかけるようなことはしたくない。瑛斗のことを考えて、僕は僕なりに気を遣っていたつもりだった。


 僕が目を見つめると、「そうかも知れないけどさ」と、瑛斗は机に頬杖ほおづえをつき、眉間みけんしわを寄せる。何か言いたげな表情をしているが、こちらの心情を察したのか、それ以上は何も言わなかった。


「で、どう? 結婚生活は。そろそろ逃げ出したくなったんじゃないの?」


 僕たちのやり取りを、黙って見ていた慎也が、話を切り出す。


「この間、蒼汰にも言ったけどさ。会社と家の往復だけだから、たまには息抜きしたいな、と思うことはあるよ。でも別に、逃げ出したいとは思わないよ」


「本当か? 今なら何を話したって、奥さんにはバレないんだからさ。言ってみろよ」


「本当に、思ってないって」


 瑛斗は本当のことを言っているように見えるが、慎也は納得できないようで、そのまま話を続ける。


「会社には、若い女の子はいないの? 瀬名はイケメンだから、誘われることもあるだろ。女の子と二人で飲みに行ったりとか、するんじゃないの?」


「しないよ。早く帰って、子供の面倒を見なきゃいけないしな」


 瑛斗はあせる様子もなく、ハハ、と控えめに笑った。僕には、瑛斗が嘘を言っているとは、思えない。


 しかし、慎也はつまらなそうに、ふうん、と鼻を鳴らす。


 慎也は大事な幼馴染だが、こういう所は本当にろくでもないな、と思う。まるで、トラブルが起こるのを望んでいるようだ。唇を尖らせて、両手を後ろについている姿が、何とも憎たらしい。


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