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間話 佐々木先輩の思い #1

その場にいる人があまりに少ないからか木魚の音と読経の音が嫌に響き渡る式場で私は呆然としていた。

「坂田君が死んだ」と聞かされた時、私は茫然自失としてしまった

あの日のことは忘れられない




その日も私はいつものように定時よりもかなり早い時間に出社して黙々と自分の仕事をこなしていた。その日はなんだか肌寒くて暖房を入れている筈なのに寒気がおさまらなかった。

それはいつもこの時間にいるもう一人の社員がいないからかもしれない。彼はここ数年間、1日たりともこの時間に来ないことはなかった。


なんだか嫌な気配を感じていると奥にある課長席の電話が鳴った。この時間課長席の電話が鳴ることなんてザラにあるので特に意識せずに受話器を取った


「お電話ありがとうございます。睦井証券営業部の佐々木でございます。もうしわけございませんが電話応対の時間外ですので8時以降にもう一度お掛け直しいただけますと…」


「あ!?知るかよ、そんなもん、あいつの職場なんだろ?退職金はどうなるんだ?」


なんて不躾な電話だろう、と思ったが落ち着いて応対する

「申し訳ございませんが、弊社社員のご親族さまでしょうか?お手数ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「坂田だよ!坂田俊朗っているだろ!?お前のところによ」


あぁ、たまにある悪戯かとこの時は思っていた


「はぁ、確かに坂田という社員はおりますが退職というお話は聞いておりませんし……どのようなご関係で?」


「父親だよ!わかるだろ?」

「すみませんが、お名前をお伺いしても?」


電話越しに頭をガシガシと書く音が聞こえため息をつく声が聞こえる

「坂田敦彦だよ!あいつから名前ぐらい聞いたことあんだろ?」


確かに彼は父の名前は敦彦だと言っていたような気がする。しかし、彼は父親の話をするのを殊の外嫌がっていて。正月に社員達がこぞって帰省する中、彼だけはシミュレーションゲームの発売日を楽しみにしていた記憶がある。


そういえば昨日は彼の楽しみにしていたゲームの発売日だった。プレゼントにでも送ろうかと考えたが特になんでもない日に贈り物をしても訝しがられるだけだと思い直して結局実行に移すことはなかった。


昨日は早々に仕事を終わらせてルンルンで定時に帰っていったっけ

そんなことを思い出してクスリと笑みが溢れる。普段はテキパキと仕事をこなしていく彼がゲームの話の時だけは少年に戻ったような雰囲気を纏わせて目を輝かせていたのをいつも眩しく見ていた。

「それで、ご用件はなんでしょうか?」

「だから、何度も言わせるなよ!俊朗が死んだから見舞金や退職金はどうなるかって聞いてるんだよ!」

「え?」


その瞬間力の抜けた私の手から受話器がするりと落ちていった

まだ、受話器越しに喚き散らしている声がするが、そんなもの私の耳には入ってはこなかった。ただ呆然とし虚空を見つめていた。


何かの悪い冗談だと思った。

そうだ、きっとそうに違いないのだ。

この受話器越しの男が嘘を言っているに違いないのだ。





だが、

内心ではわかっていた。彼に何かあったのだと。

いつもの時間にきて私にコーヒーを入れてくれる筈の彼の姿がない時点でわかっていたのだ。


彼はコーヒーを作るのがいつまでも上達しなかった。眠気が途端に覚めるほど苦くて砂糖やミルクの量もめちゃくちゃで、でもそれでいてなぜか落ち着くような。その日1日を頑張れるような。そんな味だった

そうか、もうあのコーヒーも二度と飲めないのだ

そう思うと途端に涙が溢れてきた





私は彼のことが好きだった。

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